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その翅広げて天空に向かえ  作者: 澄夜
第1章 風は炎と出会い
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風の娘・修行中

 日が傾き始めていた。キューイはペンを置き、インクつぼにふたをした。師からの課題を書き付けた紙や、参考にしていた数冊の本は開いたままである。いすから立ってひとつ伸びをする。

 所定の場所に立てかけてある細身の剣を取り、これはいつも身につけている剣帯に吊り下げる。剣がしっかりと安定していることを確かめると、掛け釘にかけられた数枚のマントの前で少しだけ悩んでから、淡い空色の一枚をとって肩にかけ、濃い青色の飾り紐で首元を留める。飾り紐の下で銀の細い鎖に通された小さな金の指輪がわずかに揺れた。頭の後ろで一つにまとめた薄い金髪の位置を確かめると、彼女は律動的な足取りで部屋を出て行った。

 玄関を開け、広い前庭に出た彼女の前に人影が一つ空から降りてきた。見慣れた顔である。手紙配達人のシュワルだった。

「お、キューイ。ちょうどよかった。手紙だ。頼むぜ」

 そう言ってシュワルは彼女に数枚の手紙を渡した。すでに老年のセラン師だが、それだけに人脈は広く、手紙が届くことも珍しくない。実際、手紙の一通は弟弟子にあてたものだが、他はすべてセランに宛てられている。

 手紙を渡すと、シュワルはすぐに空に飛び上って消えていった。彼のように「飛翔」の術を得意とする術士が手紙を配達するなど、日常的な仕事で術が使われるのを目にする機会はこの数年増えている。もっとも、セラン師に言わせれば、”当然来るべきもの”なのだそうだが。

 うらやましそうな表情でシュワルを見送ると、キューイは一度屋内に戻り、手紙をそれぞれに届け、玄関の前に戻ると、改めて両手に力を込めた。といっても、使うのは文字通りの筋力ではない。その両手から萌黄色の光の粒が湧き上がる。両の掌にそれが程よくたまったと見るや、両手は素早く動いた。人差し指と中指のみをまっすぐにのばし、その両手で宙に図形を描く。

「風よ。力を示せ。足となれ」

 描かれた図形と低く唱えた言葉に呼応し、宙に一瞬だけ萌黄の光で複雑な図が現れる。それが消えた時、キューイの体は力を得、その足は地を離れていた。

 先ほどシュワルも使っていた「飛翔」の術である。ただ、彼とは違い、キューイの表情は硬い。細心の注意を払って術を制御し、自分の体を運ぶ。比べられるはずもない。シュワルとは基礎となる力も、経験も、あらゆることが及ばないのだから。

 人の頭の少し上ほどの高さを、駆け足ほどの速度で飛び、キューイは町へ向かった。セランとそのもとで術を学ぶ者たちはラアスと呼ばれる小さな町から少し離れた森の中に住んでいる。いくつかの用事と、「飛翔」の術の訓練。いつも通り。このときはそうだった。


 世界は五つの輝きからできている。水、風、火、土、そして雷。五輝と呼ばれるそれらを自在に操作できるなら、得られる力は計り知れない。だが、それゆえに、五輝を操るのは簡単ではない。指を鳴らして風を起こし、手を掲げて不可視の壁を造る。翼もなしに空を飛び、雷撃を放って魔獣を討つ。水と土を操って洪水から村を救った使い手の話もあれば、業火を放って百人を一瞬で焼き殺した者もいる。

 人々は自然の驚異に慄いて術士にすがり、魔獣を恐れて術剣士に助けを求める。王や領主は術士や術剣士を抱え、戦いや外交はその様相を変え続けている。

 そして、術士や術剣士となることを望む者たちが集うのがこのような術学である。セランが師を務めるこの術学は比較的古いものであり、セランで五代目に当たる。先先代からは術剣士の育成にも力を入れ、実際、優秀な術士、術剣士を輩出してきたことで知られていた。

 

 しばらくしてキューイが帰ってくると、いつもとは人の動きが違う。正門から前庭に入って右手にある小さな建物にあわただしく人が出入りしている。小さいといってもそれは他の建物に比べてのこと。二階建てで部屋数は六つ。ほかに十人ぐらいはくつろぐ余裕のある居間が一つある。

 師であるセランの居室を含め、一定以上の力を付けた者たちが住む建物である。本来の基準から言えば、今ここに住む資格があるのはセランだけなのだが、それでは不便なこともあり、キューイともう一人の弟子がこの建物に部屋を持つことを許されていた。

「先生。今帰りました」

 地面に降りながら、玄関からでてきた師に声をかける。すでに髪も髭も真っ白になっているが背筋はしっかりと伸びており、手に杖を持ちつつもすがる様子はない。

「おお、キューイ。お帰り」

「これは何事ですか?」

「さっきの手紙で連絡があってな。各地を放浪していた術剣士が一人、怪我をして戻ってくるのだ。そのための部屋の準備だよ。なかなかの使い手でな。しばらくここにいるから、いろいろ教えてもらうといい」

 セランの言葉にキューイの顔がほころんだ。かつては術剣士だったセランは今なお術士としても教師としてもきわめて有能だが、年齢に伴う肉体の衰えによって術剣士としては一線を退いている。しかも、とある事情により、現在この術学にいる者で一人前とされる以上に術を使えるのはセランだけなのだ。現役の術剣士に教えを受ける機会は術剣士志望のキューイとしては願ってもないものだった。


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