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ゆきばな  作者: ハデス
8/14

「……樋山」

 次の日の休み時間。俺は、樋山のクラスを訪ねた。

 教室の出口に立っていると、樋山のクラスメイトが呼んでくれた。

「お、おう……志麻」

 明らかにうろたえた素振りを見せる友人に、俺は声をかけた。

「少し、話をできないか?」

「あ……いや~、そのすまなかったな」

「……は?」

 さて、どう切り出したものか、迷っていたところに不意打ちの謝罪。

 俺は間の抜けた声を漏らす。 

「なんで、謝るんだ?」

「え? いや……だって、昨日おまえを騙したようなものだろ。それで、文句を言われるかと思ったんだけどさ……」

『違うのか』と肩を揺らす樋山。

「いや……俺が、怒られるかと思ったんだ」

 その言葉に樋山は眉を寄せてから、思い当たったとばかりに、

「ああ……ゆかりのことか」

 声をひそめて――昨日、俺が振ってしまった少女の名前を口にした。

 意識して、少し身体がこわばる。

「だけど、それは仕方ねえよ」

「……え?」

 樋山の言葉は、予想外のものだった。戸惑う俺に構わず、気付かずに続ける。

「だってさ……それは、結局はゆかりと志麻の問題だろ。まあ、お膳立てした俺が言うのもあれだけどさ……」

 どちらともなく歩き出し、人目の付かない階段わきに移動していた。

「だけど」

「あん、じゃあ何か?」

 樋山が、俺を睨みつける。

「俺に気まずいから、義理立てしてゆかりと付き合うのか? その方が、俺は怒るぜ」

「…………」

「まあ、そういうことだ。ただよ……しばらくは無理だと思うけど、あいつのこと避けないでやってくれ。今までは、それなりに仲良くやってただろ? さすがに……かわいそうだからさ」

 そう気遣うように言ってくる樋山は、妹思いの兄の姿だった。

「それは、大丈夫だよ。ただ、彼女の方が辛くないのか?」

 想いを伝えて、振られた相手と何事もなかったかのように付き合うなんてこと――

「それは平気。そこまでやわじゃねえよ、ゆかりは。俺と違って、うじうじしてねえから」

「……そうなのか?」

 そこまで強そうには、見えなかったけれども――

「ああ」

 樋山はそう断言する。俺よりもずっと彼女に近しい、そいつが。妹を兄が。信頼して、そう言葉にする。

 その姿が、素直に、心に甘く染み渡る。

「あ……たださ、ゆかりのこと嫌いってわけじゃないだろ?」

 不安そうに、付け加える。

「そんなことはないさ」

 俺は正直に答えた。

 男女を抜きにすれば、素直に好意を抱ける相手であることは間違いない。

「そっか、それはよかった。いや……それなりに大切な妹だからな。おまえに嫌われているとなると、ちっとへこむ」

「彼女は、いい子だと思うよ。俺じゃなかったら――」

 言いかけた言葉を飲み込む。

「――樋山?」

 樋山の視線の温度が、先ほど以上に下がったからだ。

 昔、俺を殴りつけた友人の姿がそこによぎる。

「俺じゃなかったら……何だよ?」

「あ、いや……」

「ゆかりは、おまえだから好きになったんだ。誰でもいいってわけじゃない。だから、そんなことは言うなよ」

 その声は、半ば本気で怒っているものだった。

「……悪い」

 素直に、俺は謝る。

「ん……いや、いいけどさ」

 すぐに、樋山は許してくれた。固い口調が、和らいだ。

「…………」

「…………」

 その先の会話は続かない。お互いに適当な言葉が見つからなかった。

 居心地の悪い沈黙が、落ちる。

 その静寂を破ったのは、始業をつげるチャイムだった。

「あ、やべ」

 途端に慌てる樋山。

 時間がない。煮え切らないままに、会話が中断させられてしまう。

「おい、早く行こうぜ」

「……あ、ああ」

 俺と樋山は、小走りになった。

「おい、志麻」

 それぞれの教室への分かれ道で、樋山が声をかけてきた。

「今日の昼は、一緒に食おうな」


「…………」


 俺は、少しだけ戸惑ってから――


「ああ、わかった」

 そう答えた。

 にっと笑う樋山。

 つられるように、俺も少しだけ笑った。


「何やってんだ! おまえら、早く教室に入らんか」

 その時、絶妙のタイミングで、どこかの教師の怒鳴り声が聞こえてきたのだけど――まあ、聞かなかったことにしておいた。 



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