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映画は、悪くなかった。
甘すぎず、苦すぎず。
恋愛をそれなりに絡めて、だけどそれだけではない映画だった。
とある町に伝わる、不可思議な伝承。それに関わった少年少女の、物語。
――そのフレーズが、胸を搔いた。
「その……つまらなかったですか?」
映画館を出ると、彼女が聞いてきた。
その目はちょっと赤い。
感動できる映画だった。通り過ぎていくか客が――カップルが多かった気がする――楽しそうに、話していた。映画は、好評だったようだ。
「いや……そんなことはないさ」
少し不適当かなと思って、言い直す。
「おもしろ……よかったよ」
「そうですか……よかった。ちょっと男の人にはどうかな、と思って……」
まあ、男よりは女が泣く映画だったということだろう。
感動的な話ではあった。
多少ご都合であっても、悪くはない話。
ただ、俺の涙腺を刺激はしなかっただけだ。
一生分の涙を流し尽くしたなんてことは、ただの喩えで。
そんなこと、実際にはなくて。
流せるだけの涙の量は、今でもあるはずだ。
ただ、泣かない。
ただ、泣けない。
この町に来てからは、ずっと泣いていない。
「…………」
会話が、途切れる。
微妙な間。
周囲のざわめきが、ひときわ大きくなった気がした。
樋山を挟んでいる時には、こんなことはなかった。
彼女は、明らかに緊張しているし。俺も、そんな彼女と気楽に話せるだけの甲斐性があるわけでもない。
そもそも、今までの十数年でこういう経験はとんとなかった。
琴海はもっとさばさばしていたし、こういう遠慮がちなところなんてまったくありはしなかった。
ふと、時計を見る。
一時を回ったところだ。腹も、それなりに空いている。
(どうするかな――)
となりを見ると、うつむく後輩の姿があった。
俺に好意をもってくれている少女。
それは、きっと。自惚れではない。
「飯……」
「え?」
「せっかくだし、何か食べていくか?」
そんな言葉が、自然と流れ出た。
「いいんですか?」
大きく目を開く。
「ああ」
俺は頷いた。
「映画代、出してもらったし……そのくらいなら奢るよ」
「あ……」
その顔が、ぱあっと華やぐ。俺の誘いが、そんなに嬉しかったのだろうか。
「あ……あの」
だけど、何かに思い当たったかのように少し曇った。
「あのですね……今喜んだのは、別に奢ってもらえるからじゃないですからね。そういうの、期待したわけじゃないですから」
ちょっとバツが悪そうに、弁解する。
なるほど、そう言われてみればそういう誤解を受ける節も……あったか?
俺は内心、首をひねる。
「ええ、そうですから」
念を押し、
「ああ、わかった」
「そういうわけで、きちんと割り勘でお願いします」
少しむきになってくる彼女は、素直にかわいいなと思った。
しかし、こちらにも言い出した手前というのもある。
とはいえここで俺が奢ると食い下がっても、彼女は恐縮しそうな印象があった。少しは会話のとっかかりが出来そうだったのに、それはそれで具合が悪い。
さて、どうしたもんか。
「……ああ」
俺は思い当たって、財布を取り出す。
「先輩?」
ごそごそとまさぐると、お目当てのものがでてきた。
「ここで、いいか?」
取り出したものは、一枚の紙片。バイト先で同僚にもらった、近くのファミレスのサービス券だった。
「これなら、お互い納得するんじゃないか?」
奢るという相手と、割り勘でお願いしますという相手。妥協点としては、悪くはない……と思った。
「あ、はい」
多少悪戯っぽく笑う俺に、彼女――樋山ゆかりも微笑みながら頷いた。
◇
デートでは、食事が定番。
食事を誘う=デートも言うのも分かる気がした。
琴海が、ずっと昔、無意味に胸を張っていた。
嫌っている相手同士でなければ……食事をしながらだと、会話も弾む。
彼女は俺に好意を持っているのだったし、俺もはじめて友人の妹としてではなくただの女の子として接することになったのだが……彼女のことは好ましいとは思う。
ひかえめでも、暗いというほどでもない。
こちらの話には耳を傾けてくれるし、向こうからも言葉を投げかけてくる。
多少子供っぽいながらも、外見はかわいい部類に属する。
そんな子が自分に好意を持ってくれているだとしたら――拒む理由なんてないはずだ。
――俺じゃ、なかったら。
それが、志麻友成という少年ではなかったら。
きっと。
「今日は、楽しかったです」
「ああ、俺も楽しかったよ」
その言葉は、嘘ではなかったはずだ。
分かれ道で言葉を交わす。
日は、もう暮れかかっていた。
「先輩……」
彼女は少し言葉を切ってから、
「――また、わたしに付き合ってもらえますか?」
ためらいを振り切って、そう口にした。静かに俺を見つめながら……だけど、その瞳はわずかに震えている。
夕日に映えるその横顔は、彼女の幼い顔立ちを少しだけ大人びて見せてくる。
「今度は、きちんとわたしから誘いますから」
それは、多分特別な意味をもった言葉だった。
その意味が分からないほど、俺は馬鹿ではなかった。
それがただの自惚れだったら、救われただろうに。勘違いだったら、笑い話ですんだだろうに。
「そうだな……今度は樋山も誘って……」
それでも、気付かない振りをしてやりすごそうとした。
「いえ……そういうのじゃなくて」
彼女は明らかに肩透かしをくらったかのように、口ごもった。
本当は、わかっている。
それでも、俺は誤魔化そうとしている。逃げようとしている。
そんな、卑怯な俺に――
「わかりました。その……はっきりと言います」
彼女は、決意をして、
その先を、俺は、聞きたくなかった。
「志麻先輩、わたし……先輩のことが好きです。だから、付き合ってください」
真っ直ぐに、真っ正直に。
その想いを、言葉にしていた。