3
繰り返す一日に、意味がなくても。
消化していく毎日が、ただ持て余す時間であろうとも。
過ぎてしまえば、日々は決して長くはない。
三日後の約束の日がやってきた。
日曜日。
俺は短めの髪を軽く整え、それなりに気に入っている赤いジャケットを羽織って家を出た。
向かう先は、いつも通う高校の校門前。
休日の日に、学校に行くのはどこか妙な気分だった。当然のように、見慣れた学生服姿とすれ違うこともない。
その思いは、実際にその場所について強くなった。
閉められた校門は、まるで牢屋の鉄格子に見える。その向こうの――普段ならば、部活動を行う生徒達で賑わうであろう校庭はがらんとしていた。
牢屋の中にいる感覚。
牢屋の外にいる感覚。
いったい、どちらが正しいのだろう。
いったい、どちらが間違っているのだろう。
ふと浮かんだ奇妙な想像を振り払う。
樋山は、まだ来ていなかった。
そのことが――何かに触れた。
今更ながらに。
待ち合わせ場所で、相手が来るのを待つ感覚。急速に、思い出す。湧き上がる感情とともに、俺に突きつけてくる。
ああ――
思えば、そうすることが多かった。
あいつは遅刻をするわけではなかったけれど、俺が時間より早く来ていたから。必然、俺があいつを待つことになった。
遅れてきたあいつは、『ごめん、待った~?』などと笑いながら言ってきて。
『ああ、待った』
正直に言う俺に、顔をしかめた。
『あのね~トモ君、そういう時は嘘でも今来たとこって言うもんですよ?』
『嘘だとわかっててもいいのか?』
『うん、いいの』
『じゃあ、嘘だけど今来たとこだ』
要望通り、そう言ってやる。
あいつは一瞬きょとんとしてから、けらけらと笑い出す。
『あははは……いやいや、最高ですカズ君』
『んだよ、そりゃ?』
つぼに入ったらしく笑い続けるあいつに、俺はわけがわからないといった顔をして見せた。やがては、俺も苦笑する。
――そんなやりとりもあった。
かすかに覚えた胸の痛み。
気を紛らわすように、腕時計に目を落とす。
十時十分前。
さて、どうするか。
少し離れた場所に自動販売機があったはずだ。そこでコーヒーでも買おうか、そう思った矢先に、
「……す、すいません」
息を切らした声が、耳に飛び込んできた。
「その……お待たせしました」
予測していた友人の声とは違う。性別すら違う声。
「……え?」
俺の前に現われたのは、ひとりの少女だった。
「す、すいません……服が、なかなか決まらなくて……」
息を整えながら、言い訳をする少女。
見覚えがあった。
見覚えのある一年生の制服にではなく、見覚えのない私服に身を包む少女。
樋山ゆかり。
樋山の妹で、ひとつ下の後輩。
「その……今日は、お世話になります……先輩?」
顔をあげて、ぽかんとしている俺に気が付いたんだろう。彼女は、眉をしかめる。
「あ……と、樋山、都合でも悪くなったのか?」
「え?」
今度は、彼女がぽかんとする番だった。
「あの……兄さんから、聞いてたんじゃ……」
「――あ」
何となく。
予測がついた。
『お、グッドタイミングって奴だな。じゃあよ、ふたりで映画でも行く気はないか?』
ふたりで、と。確かに、自分と行くとは言ってなかった。
曖昧な主語に、違和感を持った。
続くやりとりに、妙な感覚を覚えた。
ああ、つまり――
「よし……じゃあ、十時に校門前でどうだ?」
「あ、めんどくせーよ。俺が直接おまえの家に行く」
「……いや、それはちょっと……困る」
「何言ってんの? おまえ」
「はは……まあ、いいじゃないか。それで……十時な? たまにはいいだろ、外で待ち合わせもさ」
つまりは、そういうことだったのか。
要は、樋山は妹と俺のデートを取り付けたかったというわけで。
待ち合わせも、その演出には必要で。
そういう意味では、はめられたということだったんだ。
「その……ごめんなさい。兄さんが、きちんと話してたんじゃ……なかったんですね?」
彼女も、状況を理解してきたらしい。
(――さて、どうするか?)
目の前の、後輩の少女。不安げに、だけど少しの期待を込めて俺を上目遣いに見上げてくる友人の妹に――
どうする、か――
「……映画」
「え?」
「行くんだろ、映画?」
「あ、は……はい」
ぱあっとその顔が華やぐ。
一応、約束はしていたことだ。ふたりで映画に行くと。
その相手が、予想とは違っていただけのことだった。