表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅き深淵の魔女  作者: 白毬りりま
彼女が約束を想い出すまで
3/55

1-1.白の月20日

*2015/05/08 改稿.

『約束だ』


 そう言って彼が差し出したのは、紫水晶の指輪。

 小さな手のひらに落とされたそれは、夜明け前の暁の空を閉じ込めたかのよう。

 ぱちぱちと目を瞬かせ、私は彼を見上げた。逆光になっていて顔はよく見えない。だけれど、彼が楽しげに笑っているのがわかる。


『約束だ、ティア。俺が――――』


 その後のことは、靄が掛かっているかのようによく覚えていない。




「――――――――……」


 窓の外に広がる青い空に、リーティアはぼんやりと思考を巡らせた。

 なんだか、懐かしい夢を見ていたような気がする。けれど夢は泡沫となって薄れていった。自分がどんな夢を見ていたのか、もうよく覚えていない。


 麗らかな空に向かって白い手を掲げる。何かを掴めそうで、何も掴むことのできない手のひら。思い出そうとすればする程、夢の欠片はこの指の間から零れ落ちていってしまう。

 追憶の夢は最近をよく見る。まるで何かを予期するかのように。


 暫くぼんやりとしていた彼女だったが、時計の針の進む音に視線を向けた。針の示す時刻に動きを止める。


「………………げ」


 ただいま明けの8:52。今日彼女は9:00に父と会う約束をしていた。どれ程急いで準備をしても、間違いなく遅刻だ。

 勢いよく身を起こすと、リーティアは慌てて身支度を始めた。





 神の息吹の信じられている世界トリアティには、ラクリマ海を囲むようにして、4つの大陸がある。

 その中の一つ、東に位置する『女神の揺り籠』と呼ばれる大陸。そこには白き髪を持つ無垢な春の女神が眠るとされており、比較的穏やかな風が流れていた。


 その女神の大陸の中央部から西部にかけて広がる、700年以上の歴史と肥沃な領土を誇るギルフィア王国には、王に絶対的な忠誠を誓う騎士団が存在する。

 王国建国当時から存在しているそこでは、騎士団長を務める国で一番の剣士を筆頭に、多くの強者が集まっている。揺るぎ無い忠誠を誓い武勲を上げれば、幾らでも出世できる制度を取っているため、平民も家督の注ぐことのできない貴族の子弟も関係なく日々切磋琢磨し、剣の腕を磨いていた。


 ギルフィア騎士団第1魔法部隊所属騎士のリーティア・ロゼ・ユフィーノは、少々急ぎ足で城内の回廊を歩いていた。ちょうど擦れ違った下働きの少女は頬を染め、潤んだ瞳で彼女を見つめる。


 彼女の鮮烈な印象の華やかな美貌は優雅の一語に尽き、真っ直ぐに前を見据える澄んだ碧の双眸はまるで宝石のよう。優美な四肢は剣士であるだけあってすらりと引き締まっているが、出るところは出ていて女性らしい柔らかさを兼ね備えている。

 今の彼女は白いシャツに黒のフレアスカートという簡素な出で立ちであったが、それでも指先まで洗練された仕草は気品を感じさせる。寧ろ簡素であるからこそ、彼女の凛とした美しさを際立たせていると言えよう。

 背に流された艶めいて煌く腰より長い髪は、人には決して見られない鮮烈な真紅。紅玉を紡いだかの如き髪は艶めきながら波打ち、染み一つない真珠の肌を引き立たせ、浮世離れした雰囲気を纏わせていた。

 

 何処ぞの姫君と言っても過言ではない端正な容姿の彼女は、建国当時から続く武道の名門ユフィーノ伯爵家の令嬢である。

 彼女と擦れ違った下仕えの少年少女は、憧れに満ちた眼差しで凛然とした後姿を見送り、同じ貴族出の行儀見習いたちは、嫌悪の視線で睨む。



 この大陸には魔女と呼ばれる、人とも魔法使いとも違う道を歩む異端の者たちが存在する。彼女らは桁外れの魔力と、世界を揺るがす程の何かを持って生きていた。

 その中でも、特に4人の魔女が世界に名を轟かせていた。


 千年の知識を持つ『白き静寂の魔女』

 数多の魔獣を従える『黒き虚空の魔女』

 誰をも魅了する『蒼き薔薇の魔女』

 剣を持って舞う『紅き深淵の魔女』


 他にも魔女は数あれど、最も強い魔女はこの4人だ。

 その中のひとり、『紅き深淵の魔女』の二つ名を持つ魔女こそがリーティアである。何時からかは忘れてしまったが、澄んだ真紅の髪になぞらえて、他の魔女からそう呼ばれるようになり、人々の間にその名は広まっていった。


 人々の間で、異端の力を持つ魔女は厄災として認識されている。ギルフィアに限らず、他国でも似たり寄ったりの意見だ。

 元々、古来より魔法使いは妖しい力を持つ卑しいものと見なされ、恐れると同時に軽視されていた。魔力を持たない者に比べて圧倒的に数が少なく、その力は非現実めいていたからだ。人々にとって、そんな魔法使いの遥か上を行く力を持つ魔女は、最早脅威にしかなり得ない。


 またリーティアは魔女ということだけでなく、人とは思えない程に鮮烈な真紅の髪と妖艶な美貌を持っている。そのため、初見の者には――――否、そうでない者にも大抵畏怖の念を抱かれている。魔女の特徴である人よりも少しばかり鋭い爪や牙も、ひとならざる者だと助長しているのだろう。


 近年の騎士団には、魔法使いの所属する魔法部隊が設置されていたが、歴史上類を見ない魔女の騎士の登場に貴族も平民もいい顔をしなかった。幾ら武道の名門ユフィーノの娘と言えど、魔女の血を引き、剣を揮う令嬢に、特に貴族たちの受けはすこぶる悪かった。中にはあからさまに、野蛮だ、危険だ、などと言った揶揄を浴びせかける者もいた。


 だが実際は情に厚く穏やかな性情の少女で、ただ初対面だと人付き合いが少々苦手なだけの少女だ。また身分に分け隔てなく、たとえどんな小さな子どもであっても、その意思を尊重する誠実さを併せ持っている。

 そんな彼女と時間を同じくする間に、初めはどう接してよいか考えあぐねていた騎士たちは、彼女を可愛がるようになった。ましてやまだギルフィアでは就学年齢であり、騎士団では一部の人間を除いて、史上最年少である12歳で騎士になった彼女に、妹のように思っている者も多くいた。

 比較的彼女と関わることの多い下働きの者たちからも絶大な信頼と羨望を寄せられ、魔女様と、敬愛を以ってして呼ばれていた。


「魔女様、おはようございます!」

「おはよう」


 急ぎつつも律儀に返すリーティアに、姿勢を正した庭師見習いの少年は顔を真っ赤にして頭を下げる。

 微笑ましく思いながらもその前を通り過ぎ、彼女は自身の職場でもある研究室に入った。ほぼ同時に、鈴を転がすような愛らしい声が聞こえてくる。


「あ、リーティ教官! おはようございまーす!」


 2つに分けて結わえた薄い金の髪をぴょこんと揺らし、敬礼しながら目の前に立った愛らしい少女。今年入団したての見習い騎士フィオナだ。リーティアとは同い年で、けれどもリーティアとは違って少女らしい少女である。

 当番で研究室の掃除をしていた彼女は、朗らかに挨拶してくる。


「教官、昼からの講義は何するんですかー?」

「んー? 今日も基礎訓練だな」

「あたしたち、まだ魔法使えないんですね……」


 がっくりと肩を落とす彼女に、リーティアは苦笑する。


 戦闘部隊である第1魔法部隊に所属していながら、彼女には教官役を宛がわれていた。魔法の素質を持つ入団したての見習い騎士たちを2年間に渡って教育を施し、立派な騎士に育て上げることが彼女の仕事だ。

 表向きは魔女としての知識を買われてと言うことと、魔女を街中や戦闘に出しては他国の反感や貴族の顰蹙を買うということになってはいる。

 が、騎士たちは決してそれだけでないということを知っている。


 教育課程を終えて15歳で学校を出る見習いの少年少女たちは初め、自分とそう歳の変わらない少女が教鞭を揮うということに呆気に取られるが、気さくな彼女に次第に慣れてくる。フィオナのように、10日もすれば懐いて来る者もいた。


「ちょっとそこの通信機を取ってくれないか」

「はい!」


 通信機能のある魔法具を受け取り、リーティアは礼を言う。


 きっかけはとある騎士の「他の騎士たちと連絡が容易に取れなくて不便だ」という台詞だった。王都はひとが密集している分、地理が複雑で、何かあった時に近くの詰め所さえも遠かった。それを聞いた当時入団したてのリーティアが「要は離れた場所にいる人物と会話できればよいのだから、空間を弄って声だけを飛ばせばよいだけだ」と趣味で作ったのがこの通信具だ。

 街の人も使用できれば便利だと、魔法使いでなくとも使えるように設計されていたが、幾ら魔法使いと言えど空間を弄るということはそうそうできることでない。魔法式が複雑である上に、動力源である魔力を込めた水晶がいくつも必要になってしてしまった。そのため大人ひとりが入れるくらいの小さな小屋になってしまい、まだ王宮内や大きな街の要所要所にしか設置されていない希少なものである。

 それでも遠くに住む者と連絡が取れるようになったと、ただ単に魔法騎士が開発したのだと思っている民は純粋に喜んだ。


 リーティアが今手にしているのは、彼女が改良に改良を重ねて構成を緻密化し、必要な魔力量を減らしたものだ。大人なら片手に収まる程の大きさで、騎士団では班に付き1つ支給されている。


「別に魔力さえあれば、命令式だけで通信できるんだがな」


 日に1度は魔力を補充しなくてはならなかったが、それは警邏の途中で魔法騎士が行えば済むだけ。

 たった12歳の少女が成し遂げた偉業に、騎士たちは目を剥いたものだった。そしてこれが魔女の力かと、彼女の未来を恐れ戦いた。


 リーティアは通信機に魔力を流し、目的の相手へと繋げる。程なくして相手が通信に出た。


「おはようございます、リーティアです。寝坊したので遅れます。以上」


 そう言って一方的に通信を切るリーティアに、机の上を拭いていたフィオナが微妙な顔をする。


「…………相手どなたですか?」

「父だ。会いに来いと言われたから遅刻する旨をな」

「……たまには帰ってあげてください」


 リーティアは滅多に家に戻らない。ユフィーノ伯爵家別邸は王都の中でも王城に近い所にあるが、基本城内にある寮で寝起きするため、わざわざ帰る必要がないのだ。

 最後に帰ったのは確か、去年の母の誕生日だった。


「昼までは講義はないが、自習はしておけよ。ジルかヒースあたりに訓練を見て貰えるように頼んではあるから、他の者にもそのように伝えておいてくれ」

「はーい!」


 元気な返事を確認し、リーティアは詠唱もなく姿を消した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ