②
キャンプの中心部に向かうにつれて、人の行き来が激しくなってくる。
色々な人間がいる。大人に子供、男に女。見知らぬ私を珍しがり、露骨な好奇の視線を投げかけてくる人も多い。
アンナさんは細かい事は気にしない性質のようで、すれ違う人に愛想よく挨拶の言葉を投げかけながら、とある建物の前で足を止める。
「ここで湯あみをするのさ」
他の建物に比べ造りのしっかりとした、レンガ造りのそこに、アンナさんに続いて入る。
中は薄暗かった。
「何してるの?」
私は驚いて目を見張る。
アンナさんが着ていた衣服をすべて脱ぎ捨てたからだ。
「何って、湯あみするんだから当然でしょう、さあさっさと脱いだ脱いだ」
「いやだっ」
「何言ってんのさ、そんな汚れた体じゃ、どこへも行かれないだろう?女しかいないんだから恥ずかしがる事ないよ」
結局私はアンナさんに半ば強引に、湯あみをさせられた。
他の人間のように気持ち良いとはいかなかったが、とりあえずきれいにはなった。
私の背中の刻印が、みな気になるようであった。
何処の言葉がと聞かれたが、曖昧にごまかした。
湯あみ前より疲れを増した私は、アンナさんによって再びどこかにつれて行かれる。
木造の建物の二階、一番奥の部屋のドアを叩く。
部屋の中からドアを開けたのはスナメリだった。
「とりあえず湯あみはさせた、この服、あげるから着るといいよ」
そう言うと、アンナさんは服の束を私の腕の中に押し付けた。
ありがとう、とお礼を言う。人間は親切な生き物だ。みな私に優しくしてくれる。
「ありがとう、アンナさん、恩に着るよ」
アンナさんの二の腕を軽く叩きながら、スナメリが言う。
「この子どうするんだい?共同宿泊部屋につれて行こうか?」
「森の中で倒れてた訳だし、暫く俺が様子を見るよ」
私はスナメリの部屋に上り込んだ。
こぢんまりとしていて、こざっぱりとした部屋。
しかし机の上だけは、たくさん積み重ねられた本や小道具などで混沌としている。
小さな窓から外を覗くと、目下の道を人が行きかっている。
また夕食の時間に、と言ってアンナさんは帰って行った。
スナメリに許可をとってから、私は彼のベッドに倒れこんだ。
もうくたくただった。
意識がすぐに手に届かない所まで遠のいてゆく。
まどろみの中で、スナメリが傍へ来た気配があった。
フロンはどこから来たんだ、と聞かれたような気がした。
どれ位眠ったのだろうか。
眼を覚ますと部屋は真っ暗だった。
辺りは不気味なほどの静寂に包まれている。
音をたてないようにゆっくりと身を起こすと、扉で閉められた窓の窓枠から、微かに薄明かりが漏れている。
外は白みはじめているのだろう。
スナメリは部屋の隅で、毛布にくるまって眠っていた。
本来彼が寝るべき場所を奪ってしまった事に、申し訳なさがこみ上げてくる。
床にそっと足を下ろすと、氷のように冷たい。
食べ物の匂いが部屋には漂っていた。
とたんに、自分がとてつもなく空腹である事を思い出す。
小さな机の端に、ボウルに入った食べ物が置かれていた。
「目、覚めたか」
私は驚いて部屋の端を見た。
「それ食っていいから」
スナメリは横たわったまま言う。
起きだしてくるつもりはないらしい。
「ベッド、使っちゃってごめんね」
私はボウルに手を伸ばしながら言う。
別に、とスナメリは言った。
隣に置いてあったスプーンを使って遅すぎる夕食をとる。
料理の味は、今まで食べたどの食べ物よりも美味しかった。
ねっとりと濃厚な芋に、動物の肉が少々、野草や茸のサラダ。
そのどれもが、生まれて初めて食べるものだった。
「おいしい」
感嘆の溜息とともにその言葉がもれる。
「よかった」
今にも寝入りそうな声で、スナメリは言う。
一人きりの晩餐を終えた私は、まだ温かさの残るベッドにもぐりこんだ。
見知らぬ場所、見知らぬ人と一つ屋根の下、恐怖は不思議と感じなかった。
そればかりか、今まで感じたことのない、安心さえ感じる。
やはり私のいるべき場所は、ここなのかもしれない、と思った。
安全なシェルターの外、汚染された地球で人間として暮らす、それが私のあるべき生き方なのかもしれない。
すべての物に感謝したくなるような幸福な気持ちに包まれながら、私は再びまどろみの中へと落ちていった。