①
人間達の言葉は、思ったよりも難解だった。
今まで、人間の言葉について、たくさん勉強してきたし、実践的な会話のトレーニングもつんだ。
しかしいざ喋ろうとすると、言葉はつまって、思うようには使いこなせない。
喉の渇きに耐え切れず、森の泉の汚された水を飲み、倒れた私はスナメリという少年に救われた。
スナメリという名前は、なんと不思議な響きか。
その名前に、何か意味はあるのか聞いてみたい。
他にもたくさん聞きたいことがあったが、なかなか聞けずにいた。
スナメリが連れてきてくれたキャンプは、こじんまりとしたものだった。
周りに、ぐるりとギンモクの樹が植えられている。
人間達がこの木を神木として崇めているのは知っていたが、私はこのギンモクの樹が苦手だった。
鼻の曲がりそうな匂いに、他のすべての香りは一切かき消される。
これではサヌドゥーク達が近づけないのも頷ける。
「着いたよ」
私の腕を自分の肩から外しながら、スナメリは言った。
「ここが俺らのキャンプだ、安全だから安心してゆっくりするといい、後でリーダーの所に挨拶に行こう」
眼を見て、お礼を言おうと思った。
明るみで見るスナメリの目は、深い緑色をしている。
私たちは無言でじっと見つめ合った。
何かを守ろうとするような優しさと同時に、絶望と悲しみをたたえる瞳から、私は視線を離せなかった。
スナメリは唐突に別の方向を向くと、一人の女性に声を掛ける。
「アンナさん!」
「スナメリ、あんた無事だったのかい?」
スナメリより一回りか二回り年上の、ずんぐりとした女性は、ぐんぐんこちらへ近づいてくる。
「あぁ、ギンモクの下で一晩明かしたんだ」
「よかった、ほんとに良かったよ」
女性はくしゃりとした顔をしながら、スナメリの乱れた髪を豪快に撫でて、さらに乱れさせる。
その行為に居心地の悪さを覚えたのか、スナメリはこちらに向き直る。
「フロンだ」
アンナさんと呼ばれた女性は、初めて私に気付いたかのように驚いてこちらを見た。
「よろしくね、フロン」
人の良い笑顔とともに、差し出されたアンナさんの手はふかふかとしていた。
人間流の挨拶。
「フロンと一緒に湯あみに行ってくれないか」
アンナさんは二つ返事で了解し、私は彼女についていく事となった。
別れ際に私はスナメリの方を振り返った。
まだこちらを向いている。
「また、後でね」
スナメリの所まで届くように、私は声を張り上げる。
彼は控えめに笑って、こちらに手を振った。
私は歩くのが早いアンナさんについてゆきながら、お礼を言うのを忘れてしまった、と思った。