④
サヌドゥークが姿を消した後も、緊張の糸はとけなかった。
いつまた再びサヌドゥークが姿を現すか分からない。
そんな俺の心配をよそに、フロンはギンモクの木と焚火の間で、死んだように眠りこけた。
翌朝、日が完全に昇りきってから、安全地帯に向けて出発した。
フロンは、肩を貸してやれば自力で歩ける程に回復していた。
「どこに行くの?」
「俺の住んでる安全地帯だよ」
聞いてくるフロンに、そう答える。
「人間達の、住む処」
一瞬考えるような表情をし、そう言い放つ。
「あぁ」
フロンは楽しそうだった。
安全地帯に着くのを心待ちにしているようでもあった。
道中は順調で、これといった危険に遭遇しなかったにも関わらず、安全地帯についた時は、日暮れに近かった。
キャンプは、川辺にある。
川辺の、森の毒牙を逃れた平らな土地に、キャンプを囲うようにギンモクの樹が植えられている。
キャンプには監視塔があり、そこにいる見張り番が俺の事を見つけたのだろう。
キャンプから幾人かがこちらに駆け寄ってきた。
駆け寄ってきた人の中には、親しい友人の姿もある。
みなそろって、安堵と険しさの両方をその顔に浮かべている。
さぞかし心配をかけただろう。
「おい、無事だったのか」
「心配したんだぜ、もう生きてねえと思ってたよ」
「悪かったよ、心配かけて」
俺の無事を見て取ると、皆の関心はフロンへと移った。
「お前、どうしたんだよこの女」
「森で倒れてたんだ、帰る安全地帯がないって言うからつれてきた」
フロンは自分をまじまじと見つめてくる人間達に、曖昧に微笑みかえした。
「天使みてえだ」
誰かががそう言った。
俺の肩に腕を回しているために、フロンの顔はすぐそばにある。
光のとざされた森から出て、初めてフロンの顔をみる。
天使と呼ばれた少女は、確かにそう形容されるにふさわしかった。
ただし、天使の顔には疲れが浮かび、頬や額は泥で汚れている。
「どけ、通してくれ」
フロンを見ようと群がってくる人間達をかき分け、とりあえずキャンプを目指す事にした。