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オバール人達の地球  作者: 赤屋根
第一章 スナメリ
3/8

夜のほとばりはすぐに訪れた。

森の中は急激に光を失い、それと同時にぐっと冷え込みが厳しくなる。

しかし、森が完全に冷え切る前に、なんとか一晩分の薪を集め、火をおこす事ができた。

ライターでつけた火がみるみる大きくなる様子を見て、少女ははしゃいだ。

「あったかい」

喜びと好奇心を瞳にたたえ、笑いかけてくる。

自分の命が多大な危険にさらされた状況で、何がそんなに楽しいのか、理解できなかった。

しかし無邪気な可愛らしい笑顔につられ、つい微笑み返してしまう。


「名前は?」

俺は聞いた。

「フロン」

「フロンか、俺はスナメリ」

フロンははじめ、スナメリという言葉をうまく発音できなかった。

まともな教育を受けてこなかったのだろうか、と驚いたが、何回か繰り返すうちに言えるようになっていった。

「スナメリ」

フロンはそう言うと、美しい瞳で俺の顔を覗き込んでくる。

「私の、命の恩人」


くすぐったいような感情がこみ上げてきた。

そして少しだけ泣きたくなった。

死と隣り合わせのこの森で、こんな思わぬ出会いがあるなんて。

地獄のようなこの世界にも、俺がまだ知らない喜びはたくさん転がっているのだろう。

柄にもなくそんな事を考えた。


その後は、二人とも疲れているのもあって、お互い口数は少なかった。

ギンモクの木にもたれ、ぱちぱちとはぜる炎を眺めながら多くの時間を過ごした。

時々、俺は炎を小さくしないように薪をくべたが、何回目かに薪をくべに立った時、フロンが口を開いた。

「この木、変」

俺は驚いて目を見張った。

この木の神聖さを知らないのだろうか、いやそんなはずはない。

「ギンモクの木だよ」

「鼻、きかなくなる」

そう言うと白い幹をばしばしと叩いた。

「やめろ!」

あわててフロンの動きを止める。

ギンモクの白い雪のような花が、頭上からぱらぱらと降ってくる。

それは、身を切り裂くような冷たい風にあおられ、周囲へと散らばった。

信じられないという表情の俺の前で、フロンはいたずらっ子の笑顔を見せる。

「あのなぁ…」

俺はギンモクの木に危害を加えてはいけないと、フロンを諭そうと思った。

安全地帯キャンプでは、このような行動は懲罰に値する。

しかしフロンは遠くを指さし、俺の言葉を遮った。

「あそこ、何かいる」


すぐに、フロンが指さす方向を振り返る。

一瞬で全身から血の気が引いてゆく。


遠くからでも目立つ、白い体毛に覆われた巨体。

後ろ足に比べ異様に長い前足に、奇妙な動き方。

サヌドゥークだ。


俺は片手でしっかりとフロンを抱きしめた。

もう片方の手で、ギンモクの木に触れる。

「スナメリ?」

フロンが怪訝そうな顔で見つめてくる。

「絶対に、動くなよ」

サヌドゥークは、普段は低く下げている首を、高くもたげた。

獲物を探している。

そして、頭を俺たちの方へと向ける。

目も耳もない、吸盤のような形をした黒い鼻と、口だけのこうべ

その鼻は、すべての化学物質をかぎ分ける。


鼓動は極限まで早くなり、心臓ははち切れそうだ。

ポーチの中でナイフを握りしめる手は、冷たい汗でじっとりと濡れている。

だけど俺は、こんなナイフが何の役にも立たない事を痛いほど知っている。


大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。

サヌドゥークはやってこないはずだ、ここはギンモクの木の下なのだから。


瞬きをしたその一瞬の間に、サヌドゥークは視界から完全に消えた。



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