不穏な影 1
いつもわりと間抜けな顔をしているフィニアだったが、今の彼女は普段よりもより間抜けな顔をしていた。
間抜けな顔のフィニアの、その深紅の瞳に映るのは、愛しいイシュタルによく似た美貌の女性。
「はじめまして、フィニア様。私はイシュタルの姉、ロザリアです」
謁見の間に響く美しい声は、間抜けな顔のままのフィニアに向けられていた。
優しく微笑んでフィニアにそう声をかけた人物は、先ほどの自己紹介のとおりにイシュタルの姉であるロザリアである。
妹のイシュタルとよく似た風貌ではあるが、男装している彼女とは違って魅力的な女性らしさは隠さずに、それでいて妹と同じく凛々しい雰囲気も兼ね備えた美しい女性――彼女はそんな印象の人物であった。
「……王女、ご自分も自己紹介をなさっては?」
「……はっ!」
間抜けな顔のままでロザリアに見惚れていたフィニアだったが、ロットーの突っ込みの声に我に返る。
そうして慌てて微笑んだ表情を作り、ロザリアに小さく会釈しながら挨拶を返した。
「はじめまして、ロザリア様。私はフィニアです」
元々男性であった時も背が高いわけではなかったが、女性である今はさらに小柄なフィニアは、凛々しくも美しいロザリアを自己紹介をしながら見上げる形となる。
ロザリアはそんな彼女を目を細めて微笑ましそうな笑顔で見遣り、そして彼女の隣に立つイシュタルに視線を移した。
「イシュ、随分と可愛らしい姫とお見合いとなったのですね」
「え、えぇ……」
微笑ましそうな笑みを浮かべる姉に声を掛けられた弟……もとい、妹は、ひどく複雑な笑みを浮かべて彼女に言葉に頷く。
イシュタルもフィニアが愛らしいと思っているが、しかし自分は女だ。
いくら愛らしい姫でも幸せにすることは出来ない……と、そんな思いでの複雑な表情である。そしてそれは当然姉であるロザリアも理解しているはず。
「姉さん……」
「それでイシュ、お見合いはどんな感じなのですかっ?! 姉さん心配で心配で、居てもたってもいられなくなってこうして来てしまいましたっ!」
イシュタルが何かを言うより先に、ロザリアは身を乗り出してイシュタルに迫る。そのロザリアの剣幕に、思わずイシュタルは慌てた表情を浮かべた。
「姉さん落ちついてっ?! フィニアたちがいるんだからっ!」
先にアザレア王たちに挨拶を済ませていたロザリアなので、今のこの場にはアザレアの王たちはおらず、フィニアとロットー、そしてイシュタルとロザリアの4人だけである。
なので多少は態度がアレでも大丈夫ではあるかもしれないが、それでもロザリアはやがては一国の王となる者である。とてもそうとは思えない態度を見せる姉に、イシュタルは思わず苦い顔を浮かべた。
「姉さんは次期ウィスタリア王なんだよ? あまり人がいないとはいえ、姫たちの前ではもっとそれらしい態度でいてもらわないと……」
イシュタルの注意に、しかしロザリアはあまり気にする素振りも無く言葉を続ける。
「だって心配で……ずっと戦い一筋だったイシュが突然のお見合いですよ?! もう、お母様もお父様もなにを考えているのか……そもそもイシュは……」
「姉さん、フィニアの前で失礼だよ……はぁ……心配してくれるのは嬉しいけども」
妹を心配しすぎる姉に、イシュタルは嬉しいような困ったような複雑な思いを抱きながら、まだ落ちつかない様子の彼女からはひとまず視線を外してフィニアを見た。
「フィニア、ごめん。この通り少しだけ心配症の姉で……」
突然にイシュタルにそう声をかけられたが、イシュタルとロザリアの美人姉妹二人を前にして全力で見惚れていたフィニアは二人のやりとりを全く聞いていなかったので、なぜイシュタルが謝っているのか全くわからず慌てる。
「え、あ、な、何が……あ、全然大丈夫ですっ」
よくわからないがとりあえずそう答えて首を横に振ったフィニアに、イシュタルは目を丸くした後に思わず笑みをこぼす。そうして小さく独り言を呟くようにこう言った。
「本当にフィニアは不思議だね。私はフィニアのそういうところに救われているよ」
「え?! ど、どういうことでしょ……?!」
一体どういう意味なのかと困惑するフィニアに、イシュタルは笑ったまま「何でもないよ」と首を横に振る。そうして、どうにも落ちつかない姉の代わりにフィニアとロットーに改めて姉を自己紹介した。
「姉さんは、ちょっと普段はこういう心配性で落ちつかないところがあるのだけど、戦場ではとても冷静で頼れる騎士でもあるんだ。戦場をいち早く理解して指揮を取るし、味方を勝利へ導く為に率先して剣を振るう勇ましさも持ち合わせていてね。私の憧れなんだ」
イシュタルのその紹介にロザリアは「褒めすぎですよっ」と照れるも、まんざらでもない様子で笑みを零す。そんな二人の様子を見て、フィニアもまた羨ましそうな笑顔を見せた。
「……イシュからお話を聞いてましたが、お二人は仲がよろしいのですね」
そうロザリアに声をかけたフィニアに、ロザリアは「えぇ」と頷く。そして……
「だって、たった二人の姉妹ですので……あっ」
思わず口を滑らせたという顔をするロザリアに、イシュタルは溜息を付きながらこう告げた。
「大丈夫、フィニアには伝えてあるよ、私のことは」
「そ、そうでしたかっ! って、言うことは……」
ロザリアは何か気まずそうな表情でフィニアにまた視線を移す。一方でフィニアは少し困ったように笑いながら、頷いた。
「は、はい……イシュのことは、彼女から伺っております。……きっとそういう事情ですから、お姉様はご心配になられてわざわざここまで来てくださってのでしょう」
「ふふ……お恥ずかしながらその通りです、フィニア王女」
フィニアの言葉にこちらもまた苦笑いを浮かべてそう返したロザリアだが、しかしお見合い相手が女性であると知っていても普通な様子のフィニアに少しの疑問を抱く。
「フィニア王女は、イシュが女だと知っても……お見合いを続けてくださっているのです?」
思わずそう疑問を口にしたロザリアに、フィニアとイシュタルは互いに顔を見合わせた後に、二人揃ってロザリアを見て頷いた。
その二人の様子を見て、ロザリアは目を丸くする。
「あら、なんだかもう仲良し……」
「姉さん、フィニアと相談してとりあえずこのまま今回は見合いを続けるということになったんだ」
「そ、そうなんです。なんとなく、その方がいい気がしたので……」