前途多難過ぎる恋 52
イシュタルに徹底的に嫌われるという悪夢が、まさに悪夢でよかったとフィニアは心底安堵した。同時に、彼はますます自分の正体をばらす事が怖くなる。
(ああぁ~、やっぱり正体ばれたらイシュ俺のこと絶対嫌いになるよなぁ~……)
絶望感が増す悪夢は、悪夢だったけども正夢にもなりそうで、また直ぐフィニアの気分は落ち込んだ。そしてふと気がつく。自分の左腕に触れる温かくてすごく柔らかい感触。
「!?」
そういえば穏やかな寝息が耳元に聞こえるし、フィニアは『まさかこの感触は!』と思いながら、恐る恐る視線をその腕に触れる柔らかいものへ移した。
(ぎゃああぁ! やっぱりこれ、イシュの胸!)
寝る時くらい彼女も苦しい思いはしたくないのだろう。
あの豊かな彼女の胸は無理矢理締め付けられていることはなく、自然な形でとても存在感を放っている。つまり何が言いたいのかと言うと、フィニアの腕にイシュタルの大きな胸がおもいっきり当たっていた。
(どうしよう、下手に動けばまたイシュを起こしちゃうし……)
さらにすぐ隣でイシュタルの無防備な寝顔。すごく可愛い……とか思ってる場合じゃなかった。
(こんな状況で寝れるわけ無い……)
緊張と興奮で、すっかりフィニアの目は冴えてしまっていた。
『怖い夢を見た』フィニアを気遣って安心して眠れるよう抱きしめてくれているイシュタルの優しさは、逆に逆の結果を生むことになったのだった。
◇◆◇
フィニアは結局イシュタルの部屋で朝を迎えた。目覚めは無い。だって結局あれから一睡も出来なかったのだから。
「眠い……」
そんな言葉を呟きながら、フィニアはげっそりとやつれた表情で自分の部屋へと向かっていた。服はイシュタルのを借りたままなので、自分の部屋で着替えようと思ったのだ。あとイシュタルの生着替えを見るわけにもいかないし。
お見合いは三日が終わり、今日で四日目に入る。イシュタルと一緒にいられる時間は確実に終わりへ向かい、それは全ての問題解決までのタイムリミットでもあった。
「眠いとか言ってる場合じゃないか……」
両手で自分の頬を強く数回叩いて、フィニアは自分で自分に気合を入れる。そして自室の前まで来ると、フィニアはメイド長と鉢合わせした。
「フィニア様! 一体どこに行っていたのですか! 随分と捜しましたよ!」
「え……?」
メイド長は他の召使数人を引き連れて、見つけたフィニアを捕獲する。フィニアが呆気に取られているうちに、メイド長は召使たちに「ではさっさと終わらせますよ」と言って、捕まえたフィニアを自室へ押し込んだ。
「ちょっ、ちょっと待って! なに、なんなの?!」
突然の展開に動揺するフィニアに、メイド長は「今朝早くに、ロザリア王女が今日の午後にこちらに到着するという知らせが届いたのです」と言う。そしていつもフィニアを世話する年配の女中数人が、真っ赤なドレスを手にフィニアに迫った。
「さぁ王女、ロザリア様に王女のお美しい姿を見ていただく為にお召替え致しましょうね」
「げぇ……そういう展開かよ」
メイド長の気迫にフィニアは泣きそうな顔になる。そしてこの後予想される地獄の準備を想像し、フィニアは『なんで俺は王女なんだよ』と激しくそう思った。
◇◆◇
「あれがアザレアですか」
甲板から広がり見える海原、その地平線の奥に見える”紅の国”。
「緑豊かな国ですね……」
船の上から目的地を見つめ、ロザリアは微笑と共にそう呟いた。そしてこう独り言を続ける。
「さて、蟹はお土産に持って帰れるでしょうか?」
【第二章・了】