前途多難過ぎる恋 51
コハクは頭を深々と下げるレジィに、「じゃあ行きましょう」と声をかけて城の中へと入ろうとする。レジィは遠慮しながら、彼女の後ろを歩いた。
「ところで王女様、王女様が一人でふらふら~っとするのって危険じゃないですか?」
「マリサナみたいなことを言うんですね。城の敷地内ならば、そんなに危険はありませんわ」
「そ、そうですか……?」
「えぇ」
軽快に揺れる二つ括りの桃色の髪の毛を目で追いながら、レジィはコハクに聞こえないほど小さな声で「もっと警戒心持ったほうがいいですよ」と呟いた。
◇◆◇
悪夢を見ていた。
「フィニア、抱きしめてもいい?」
「ふぇ!? い、イシュ……あの……」
「ふふっ、フィニアってば照れてるの?」
「あ、あぁ、あ……イシュ……」
「……あれ、フィニアってこんなに大きかったかな?」
「え……?」
「なんか胸も平らだし……フィニア、もしかして君は男?」
「!?」
「……どういうこと? フィニア、私を騙していたの?」
「え!? ち、ちが……っ! あの、これには事情が!」
「ひどいよ……私を騙して、私の胸見たりお風呂に一緒に入ったりしたんだ……最低」
「うぐっ……!」
「男のくせに王女と名乗ってたんだね? この変態、もう二度と私の前に姿現さないでっ」
「い、イシュ……誤解なんだよぉ! き、嫌いにならないでくれ、俺のこと!」
「……大っ嫌い!」
「やだあああぁああぁあぁぁ! ……あ?」
悪夢の終わりは自分の絶叫だった。
自分の叫び声で目を覚ましたフィニアは、アホなことにマジ泣きしていた。そして自分のおかれている状況が直ぐにはわからず、ちょっとぼんやりする。
「あれ、ゆめ……?」
いつの間に自分は寝たのだろう。というか、月明かりの中に見える室内から判断して、ここは自分の部屋じゃない。自分はどこで寝てるんだ?
「う、ん……フィニア?」
「!?」
自分の疑問の答えは、直ぐ隣から聞こえた艶っぽい声が教えてくれた。フィニアが横に視線を向けると、イシュタルがいたのだ。思わずフィニアはまた叫びそうになった。
イシュタルは眠そうに目を擦りながら起きて、フィニアに「どうしたの?」と声をかける。フィニアはイシュタルと一緒のベッドで寝てるという状況に放心状態で、ただ目と口をマヌケに丸くさせた。
イシュタルは指先でフィニアの頬を濡らす涙を拭う。
「泣いてる……怖い夢でもみたの?」
「あ……え……」
いつの間には自分はイシュタルのベッドで堂々と寝ていたらしい。そしてイシュタルは自分のベッドを占領して寝るフィニアを叩き起こす事はせず、一緒に寝ることを選択したというのが今のこの状況の答えのようだ。
自分の神経が意外と図太い事に感心する暇もなく、呆然としているフィニアにイシュタルは優しい笑顔を向けてこう言った。
「大丈夫、抱きしめててあげるから安心しておやすみ」
「ひうっ!」
イシュタルが自分の体を優しく抱きしめたので、驚いたフィニアは思わず押し殺した声で小さく悲鳴を上げる。そのままイシュタルは目を閉じ、フィニアを抱きしめたままさっさと寝てしまった。
「ぉ、ぉぉ……」
イシュタルと同じベッドで寝ているというシチュエーションに加え、彼女に抱きしめられているというこの状況。お風呂に引き続き天国で拷問の状況はまだまだ続いて、フィニアを徹底的に苦しめるらしい。いっそこのまま緊張で気を失いたいと、フィニアはバクバクとうるさく高鳴る自分の心臓音を聞きながらそう本気で思った 。
(俺、あのままこのベッドで寝たのかよ! 俺のばかばか!)
少し休むつもりでイシュタルのベッドで横になっていた記憶が、寝る前の最後の記憶だ。さっさと自分の部屋に戻っていればこんな緊張する展開にならずに済んだのにと、フィニアは自分のダメさ加減を呪った。
(……あぁ、でもさっきのが夢で本当によかった……)