前途多難過ぎる恋 50
女になることを選んだのはフィニア自身ではあるが、コハクはほんの少しだけそれが気になっていた。
今のフィニアは、フィニア自身が本当の自分を否定しているのだ。それは少し悲しいことにも思える。そして周りも、誰一人として今のフィニアを否定せず受け入れている。
今を異常事態とは思わずに受け入れる周囲が少し怖かった。そして今を受け入れられ、間接的に本来の自分を否定されるフィニア自身の気持ちが本当はどうなのかが気になる。
(……辛くないのでしょうか?)
兄を『変態』と罵ってきた自分にそれを気にする資格も無い気がするが、しかし本当に兄はあのままでいいのかと考えてしまうのだ。
「……ま、どうでもいいですよね。あの馬鹿兄ですもの、何も考えてないのがオチですわ」
コハクは急に真面目に兄のことを心配する自分が恥かしくなり、そんな言葉を照れ隠しに呟く。そしてコハクは何気なく視線を向けた先で、気になる人影を見つけて足を止めた。
「あ……」
城の中と中庭を繋ぐ渡り廊下を歩く男性の人影。それはコハクの存在に気がつき、彼女に笑顔を向けて手を振った。
「コハク王女様、こんばんはです!」
「あなたは……確か昨日私たちと共に街へ行った騎士の方ですよね」
男は人懐っこい笑顔でコハクに駆け寄り、「はい、レジィです!」と自分の名を名乗る。コハクは「レジィさんね」と頷いた。
「うわあぁ、またまた王女様が僕を”さん”付けで呼ぶなんて! いいんですよコハク王女様、僕のことは『のろまのレジィ』とか『ダメ野郎のレジィ』とか『ゴミほどの存在価値も無いクズね、あなた』とかって呼んでください! そうすると僕、すごく嬉しくなります! ……あぁぁ、また僕本音が!」
いつかにフィニアへ口走ったことと似たようなことを言うレジィに、コハクは呆れながら「私はそのようにあなたをお呼びしないといけないのですか?」と聞く。レジィは「ダメでしたら、王女様の好きなように呼んでください」と、遠慮がちにそう返した。
「ではレジィさんと呼ばせていただきます。よろしいですか?」
「わあぁ、はい! わかりました!」
レジィは緊張した様子で頷き、そしてコハクに「王女様、こんな時間にお一人で何してるんですか?」と聞く。コハクは「散歩です」と答えた。
「あぁ、散歩ですか! いいですよね、今日は星が綺麗ですし!」
「えぇ。レジィさん、あなたは一体何を?」
今度はコハクが彼にそう質問をする。するとレジィは「僕は迷子になっちゃいまして~」と、恥かしそうに笑っていった。
「大きいお城なんで、部屋に戻ろうとしたらいつの間にかこんなところへふらふら~っと」
「そうですか。……戻れなくてお困りなら、私が案内しましょうか?」
困っているらしいレジィをほっとくわけにもいかないのでコハクがそう申し出ると、レジィはブンブンと激しく首を左右に振って「そんな、滅相も無いです!」と言った。
「王女様にそんなこと……あばばばっ」
「……それくらいのことで遠慮するなんて……なんだか変わった人ですね」
コハクは小さく笑い、レジィは情けない顔で照れたように頭を掻く。コハクは「どうせ暇なんですから、お部屋に案内しますわ」と彼に言った。
「で、でも……」
「あなたは王女である私の言う事が聞けないのですか?」
しつこく遠慮するレジィにコハクがそんな一言を告げると、途端にレジィは「す、すいません!」と恐縮した態度となる。そのレジィの反応にまたコハクは笑い、そして彼女は悪戯っぽく「なんて、少し驚かせてしまいましたね」と呟いた。
「冗談ですわ。こちらも迷惑なら無理に、とは言いませんもの」
「め、迷惑だなんてそんな……っ!」
コハクは「じゃあ案内しますわ」と、にっこりと笑って言う。フィニアによく似たその笑顔に、レジィは少し頬を赤くした。
「は、はい……すいません」