前途多難過ぎる恋 49
「ど、どういうことでしょう? あわわわ……」
怯えるフィニアを不思議に思いながら、イシュタルは「フィニアが倒れた事を王たちに説明しに行こうと思って、今行ってきたんだけど」と言う。途端にフィニアは安堵の息を吐いた。
「でも途中でロットーに会って、彼に話しをしたら『自分が伝えておきますので、王子はフィニア様の側にいてあげてください』と彼に言われてね。それで戻ってきたんだ」
そんな話しをしていると部屋のドアが軽くノックされて、「すみません王子、ロットーです」と言ってタイミング良くロットーがやって来た。
イシュタルが部屋のドアを開けると、ロットーがポットとティーカップ片手に廊下に立っていた。
「王に話しをする前に、王女どんな感じが様子見に来たんですけど……それとお風呂でのぼせたと聞いたので水を」
ロットーはそう言ってイシュタルに水の入ったポットとカップを手渡す。イシュタルは「ありがとう」とそれを受け取った。
「あ、王女。なんだ、起きてたんですね」
ロットーはベッドの上で体を起こしているフィニアを確認し、「じゃあ大丈夫だって王たちには言っておきますね」と言う。なんとなくロットーの自分を見る顔がニヤニヤとしていたのは、多分自分の気のせいではないとフィニアは思った。
「ロットー、お前……」
「王女、長風呂でもしたんですか? お風呂で倒れるなんて危険すぎるんで、気をつけてくださいね。場所がお風呂じゃ俺も助けにいけないし」
イシュタルと二人でお風呂に入ったということを知っているようなロットーのニヤニヤ笑顔が気にくわないフィニアは、じとっと何かを訴える目で彼を睨む。しかしロットーはフィニアの無言の抗議に全く気づかないふりをして、「それじゃあ」と言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
「ロットーめ……」
フィニアが忌々しげにそう小さく呟いた直後、イシュタルが「フィニア、お水飲む?」と彼女に聞く。フィニアは慌てて笑顔を作り、「あ、はい!」と返事をした。
フィニアは冷えた水の入ったカップを受け取り、一気にそれを飲み干す。喉が渇いていたらしく、喉を通り過ぎる冷たさが体に心地よかった。
「あ……イシュ、助けてくれてありがとうございます。あの、もう大丈夫なんで……」
フィニアは立ち上がって、とりあえず自分の部屋に戻ろうとする。しかしイシュタルは「いいよ、ここでゆっくり休んでいなよ」と、立ち上がろうとするフィニアを止めた。
「でも、そのぉ……ふ、服とか着替えないと。これ、イシュの服らしいしお返ししないとダメですよね?」
「そんなの気にしないで。大体フィニア、まだ顔赤いじゃないか」
イシュタルはそう言ってフィニアをベッドに押し戻す。が、ぶっちゃけフィニアの顔が赤いのは、フィニアを心配するイシュタルが顔を間近に近づけるので、それで照れて赤くなってしまうのが原因だ。多分自分はイシュタルから一定距離離れれば正常になるというのが、フィニアの自己解析だった。
「ほ、ほんとにだいじょうぶですし……」
「王女様ぁ~、王子はすっごいすっごい心配してたんですよぉ~。王女様倒れたのって、これで二回目ですからぁ。だから王女様に無理して欲しくないんです~」
メリネヒまでもがそんなことを言うので、フィニアは大人しくしているしかなくなる。
「あ、じゃあもう少しだけここにいさせてもらいます……夜には部屋に戻りますから」
「王女様、王子と一緒に寝ればいいじゃないですかぁ~! このベッド広いですしぃ~」
「えっ!? のぁっ、なな、なにを……っ!」
メリネヒは心からの笑顔でとんでもない発言をすると、フィニアはまたわかりやすく赤面してイシュタルに心配される羽目になった。
◇◆◇
星が綺麗な夜に庭を散歩するのが好きで、コハクは一人薔薇の花が咲く中庭の庭園を歩いていた。
マリサナに知られれば『お一人で出歩くのは危険ですからお止めください』と注意されるので、夜の散歩は彼女には内緒だ。
「マリサナは心配性過ぎるんですわ。別にお城の外に一人で行くわけじゃないんですから、これくらい危険でもなんでもないです」
そんな独り言を言いながら、コハクは紺碧の星空を見上げる。今日は雲が少なく、星がよく見えた。
星を見上げながら、コハクは兄の事をふと考えていた。
兄が”姉”になって数日、両親や周囲の者たちはそれをわりと好意的に受け入れている。元々男子は望まれない家系なのだから、それは当然のことなのかもしれない。
(でも、お兄様は本当にそれでいいのかしら)