前途多難過ぎる恋 44
思わずフィニアが謝った訳は、イシュタルの裸同然の姿を見てしまったという罪悪感からだ。
とんだヘタレのフィニアは、謝ったままその場にしゃがみ込む。イシュタルをなるべく見ないように下を向いてしゃがんだフィニアを、イシュタルはイシュタルでこう解釈した。
「あ、フィニアを焦らせたつもりは無いんだ! そうだよね、ドレスって脱ぐのに時間かかるよね!」
「……へ?」
イシュタルはどうやらフィニアが謝ったのは『自分はまだ服を脱いでいる途中』だからと思ったらしい。イシュタルはきわどいバスタオル姿のままフィニアに近づき、しゃがんでいる彼女に「脱ぐの、私も手伝うよ」とフィニアを追い詰めるようなことを言った。
「え、あ、うぇ!? そんな、あの……っ!」
「とりあえず立ってみて。後ろのリボン、解いてあげるから」
「ひ、あ、わかりま、した」
大混乱中のフィニアは言われるがままに立ち、イシュタルは真剣な表情でフィニアの後ろに立って、彼女のドレスのリボンを解いていく。
「あの、えぇと、イシュ……」
「ん? 大丈夫だよ、なんか思ったよりも簡単に脱がせそうなドレスだから。任せて」
好きな女性に服脱がせてもらうなんて、それは何の罰ゲームだ! とフィニアはドクドクうるさい心臓の音を聞きながら大真面目に思った。何度もしつこいが、普通なら大変美味しいこんなシチュエーションも、今までろくに恋愛できなかったフィニアには刺激が強すぎて逆に心臓に悪く苦しいのだ。
(くっそー、それもこれもロットーが余計な事をしたから……っ)
なんて文句を心の中で言っても、ロットーには通じない。フィニアは何となく泣きたい気分で、されるがまま耐えた。
ちなみにその頃のロットーは。
「レジィ、大丈夫か?」
「うあぁあぁあぁぁん、僕、僕、王女様にとんでもないことしちゃいましたあぁあぁぁぁあぁぁ!」
「はぁ……王女に何かされた、じゃなくて?」
「ち、ちがいますよぉ! 僕、い、言えないんですけどとんでもないことを……せ、責任! 責任取らせてくださいっ!」
「お、落ち着いて……責任とるって、何する気だよ」
「せ、責任は責任です! 僕が責任もって王女様を……あぁ、それはダメだ! ごめんなさいイシュタル王子! 僕、僕……うわあぁああぁぁぁああん!」
(つ、疲れる……あの王女相手にするより疲れる……)
ロットーもロットーで、フィニアの知らないところで苦労しているらしい。しかしそんな苦労知らないフィニアは、ひたすら心の中でロットーを恨みながら”天国で拷問”の今の状況をどうやり過ごすか必死に考えていた。だが『どうにでもな~れ』という考えばかりが頭の中を堂々巡りする。やはりどうにでもなれ、しかないの か。
「フィニア、後ろのリボン解けたよ」
「あああ、ありが、ああ、ありがと、ございますっ……」
声が情けなく震えるが、今はそんなの気にしている場合ではない。フィニアはとにかくこれ以上イシュタルを待たせるのはいけないと、思い切ってやけくそに服を脱いだ。そしてさっさとバスタオルを引っ掴み、体を隠す。
「それじゃ入ろうか」
「はぁ、はい……そそ、そうですね……」
フィニアがこんなに動悸息切れ激しく苦しんでいる一方、イシュタルは平然とした顔で湯船に向かおうとしている。当然といえば当然なことなのだが、フィニアは自分ひとり必死なこの状況に心底情けなさを感じた。
湯殿へ足を踏み入れると、甘い花の香りが充満している。今日はフィニアにはいい思い出の無い、薔薇の花弁をふんだんに使った薔薇湯が広い浴槽を満たしていた。
「すごいな……こんなに薔薇の花がたくさん……」
イシュタルはゆっくり湯船に足を浸ける。その後ろでフィニアはもうのぼせそうになっていた。
「はぁ……やっぱりお風呂はいいね。って、フィニアどうしたの? 入らないの?」
肩まで湯に使って幸せそうな溜息を吐いたイシュタルは、フィニアが一人で入り口近くに突っ立っているのを不思議に思って彼女に声をかける。するとフィニアはあからさまに動揺した反応を見せ、「は、はい!」と裏返る声で返事をした。
(うわあぁぁ~、もうこれは腹を括るしかないよな……)




