前途多難過ぎる恋 43
「や、やっぱり……」
フィニアは思わずがっくりと肩を落す。そしてくるっと回り、また部屋に戻ろうとした。そんなフィニアをイシュタルが呼び止める。
「フィニア、どこへ行くの?」
「へ? あ、部屋に戻ろうと……」
フィニアは足を止めて振り返り、そう答える。当然沐浴場は男女別に別れているが、しかし今フィニアは女だし、イシュタルも表向き男だが真実は女性だ。このままだと二人で同じお風呂に入ることになるので、フィニアは遠慮したのだが。
「そんな……フィニアも入ろうとしたんだろう?」
「は、はい……でも今イシュが入るなら、私はその後でいいですよ!」
イシュタルと二人でお風呂なんて、そんな魅力的過ぎる事態に絶対自分の心臓は耐えられないとフィニアは思う。なので遠慮するフィニアだが、イシュタルはふとこんなことを呟いた。
「う~ん、ロットーから『今の時間は誰も沐浴場使わないので、王子利用してはどうでしょう』って言われたんだけど……」
「なっ! ろ、ロットー、あの野郎……」
イシュタルの呟きに、フィニアは全てを悟った。このタイミング良過ぎる鉢合わせは偶然じゃなく、ロットーの仕掛けたことだったわけだ。
そしてフィニアがロットーに対して『変な事するな!』と静かに怒っていると、イシュタルは笑って「ううん、私が後で入るからフィニア先のどうぞ」と言った。
「えええぇ、い、いいですよ! そんな、イシュはお客様だし、先に使ってください!」
「そうはいかないよ。フィニアも入るつもりだったのだろう?」
「そ、そうですけど私は後でも全然かまわないので……」
「う~ん……あ、じゃあこういうのはどうかな?」
「へ?」
フィニアは何かすご~く嫌な予感を感じながら、閃いた笑顔のイシュタルを見る。そして案の定イシュタルは、フィニアのハートをぶち抜く可愛い笑顔でこう言った。
「一緒に入ろう」
「……は、はは……一緒に……ですか」
破壊力抜群の愛らしい微笑みと一緒に、健全な男子を最高に誘惑する一言――小心者フィニアは思わず意識を失いそうになった。しかし何とか耐える。
「そんな、一緒になんて……っ!」
「ほら、裸のお付き合いって言葉もあるし、私もフィニアともっと仲良くなりたいし。これならお互い遠慮しあいなんてしなくて済むし、どうかな?」
「う……っ」
駄目だ、イシュタルは完全に善意で『一緒に入ろう』と言っている。というか自分ともっと仲良くなろうとして誘ってきている。これは下手に断れば、彼女を傷つけたり、あるいは自分に対して嫌な印象を与えかねない。
(ど、どうしよう……)
色々と迷うフィニアに、イシュタルはトドメの一言を呟く。イシュタルが「もちろんフィニアが嫌だったら止めておくけど……」と寂しそうに笑って呟くのを見て、フィニアは思わず声を張り上げて「そんなことないです!」と答えていた。
「イシュと一緒にお風呂、嫌なわけないじゃないですか! いいじゃないですか、裸のお付き合い! 私ももっとイシュと仲良くなりたいので、是非! もうドンと来いですよ!」
イシュタルの寂しそうな呟き方に、フィニアは思わずそう答えてしまう。するとイシュタルはまた嬉しそうな笑顔になって、「よかった」と言った。
「それじゃ行こうか」
「はは、はい……」
イシュタルが浴場の扉を開ける。フィニアは緊張と動揺で嫌な汗をだらだら掻きながら、彼女の後に続いた。
「たまにメリネヒや姉さんと一緒に湯に浸かることはあるんだ。私を女性と知っている人としか一緒に入れないから、普段あまり誰かと入ることは無いんだけど」
「そ、そ、そそ、そ、そおなんで、すかぁ!」
脱衣場に入ると、もうフィニアの緊張は最高潮だった。イシュタルはさっさと湯に浸かろうと、戸惑い無く自分の着ている服を脱ぎ出したからだ。
イシュタルはフィニアを元々女の子だと信じているので、彼女の前で裸になることに抵抗は無いだろう。しかしフィニアは色んな意味で抵抗がある。自分の裸を彼女に見せるのも、イシュタルの裸を見るのも、小心フィニアにはとんでもなくハードルの高い行為。でもとりあえず自分も服を脱がなくては。
「はぁ……この時と寝るときだけは胸が苦しくないから幸せなんだよね。その、妙に育ってしまったからね……私の胸って」
(ひいぃやめてイシュ! それ以上きわどい事言わないで! し、しんじゃう!)
イシュタルはサクサク服を脱ぎ、今はあの巨乳を無理矢理締め付けている布を解いている最中。自分の直ぐ横で彼女が裸に……とか考えると、真面目に死にそうになる。フィニアはなるべく彼女を見ないよう、真っ赤な顔で目を瞑りながら、特別に用意してもらった体の締め付けが少ないドレスをゆっくり脱ぎ始めた。
今にも鼻血噴出しそうな状況で、フィニアは必死に深呼吸を繰り返して落ち着こうと頑張る。好きな人と二人っきりでお風呂……これは幸せなのかそうでないのか、天国なのか地獄なのか。
(うぅ、これじゃお風呂に入る前からのぼせそう……)
「フィニア、私はもう用意できたんだけど……」
「はへぇ!?」
イシュタルの言葉に驚き、思わずフィニアは目を開けて彼女の方を見てしまう。そして叫んだ。
「ふぉあぁあぁああぁぁっ!」
「フィニア?!」
目を開けたフィニアが次の瞬間に見たものは、女性に対してさほど免疫の無いフィニアには叫ばずにはいられない光景だった。
イシュタルはほとんど裸同然で、薄いバスタオルを体に巻きつけて立っていた。端整な顔立ちに高身長と、それだけでもイシュタルは美しさに恵まれているのに、さらにあの大きく豊かな胸に引き締まった女性的な曲線の腰回りとお尻……普段は男性として振舞う為に隠している彼女の女性的な魅力が、今は惜しげもなく晒されて いる。そのなんと魅力的で、そして破壊力の高い事か。
目の前の美の女神の姿に、フィニアは真っ赤な顔で何故か謝った。
「ふあぁあぁあごめんなさいぃ! すいませんすいません!」
「な、なに?! フィニア、どうしたの?!」