前途多難過ぎる恋 42
ロットーにレジィを任せて、フィニアは疲れた顔でまた部屋に戻る。
「あぁー、なんかすっごく疲れた……」
フィニアはそう疲労を呟き、部屋のドアを開ける。いつも鍵はかけていない部屋なので、ドアを開ける手に迷いは無い。部屋に入るとフィニアは真っ直ぐベッドへ向かい、そこへ疲れた自分の体を転がした。
「イシュに会いに行こうと思ったけど、ちょっと休んでから行こうっと……」
そう独り言を呟き、フィニアは枕に深く頭を埋める。そして何気なく部屋の窓際に視線を向けた。窓際の机の上で、赤い何かが窓の外から注がれる光を反射させて光る。フィニアは「なんだ?」と気になり、起き上がった。
フィニアが机に近づくと、そこにはこの前コハクに渡し損ねたブローチがあった。
「あ、そういえばこれまだ渡してなかったんだよな……」
フィニアは小さくそう呟き、少し寂しい眼差しでブローチを見つめる。そのうち渡せるよな、と、自分を励まして、フィニアはブローチを机に備え付けられた一番上の引き出しに仕舞おうとした。そして引き出しを開けて、彼女は何か違和感に気がつく。
「あれ……なんか……」
引き出しの中にはフィニアが突っ込んだ魔術用のメモやほとんど白紙の日記、それに小さい魔道具などが収まっている。フィニアは眉根を寄せて、じっと引き出しの中を見つめた。やがて彼女は困惑した独り言を呟く。
「……なんか、違う気がする」
フィニアは引き出しの中の違和感を、そう言葉にして呟く。何かがいつもと違うと、そう彼女は感じたのだ。
一見すれば、引き出しの中はいつもどおりのあまり綺麗には整頓されていない状態だ。けど中はフィニアにしかわからない形で、ある程度同じ種類のものをまとめて収めてある。いや、そのはずだった。けれども今は何か違和感があった。
フィニアはおもむろに少々乱雑に重ねて押し込まれた魔術メモを手に取る。上から何枚か手に取って見てみると、メモが統一性無く重ねられているのがわかった。それを確認して、フィニアは漠然とした違和感を確信に変えた。
「ティルナノーグの方程式の写し、イレイン・ノイン第六式から派生の魔法陣、俺の演算式メモに召喚式に練成表……やっぱり全部バラバラだ……誰かここを勝手に開けて、メモを読んだのか?」
フィニアの部屋は、召使たちがフィニアがいない間に部屋の掃除をするという理由や、フィニアに部屋の鍵をかける習慣が無い理由などで常に開きっ放しだ。入ろうと思えば、誰でも中に入れる。しかし一応フィニアは王女、王女の部屋に用も無く勝手に入ろうとする者は滅多にいないだろう。まして部屋の引き出しを勝手に開け るなんて、フィニアと親しいロットーや掃除をする召使もやらないことだ。
フィニアは変化した引き出しの中に、何か嫌な予感を感じる。
「誰が、一体何の目的で俺の部屋を勝手に漁ったんだろう……」
目的も正体もわからない不気味な”何か”が、今この城の中にいる。
(引き出しを漁った奴はメモが目的か? それとも……)
フィニアはしばらく考えた後、メモをブローチと共にまた引き出しに仕舞って、そして引き出しに他人が触れられなくなるよう結界術を施した。
◇◆◇
「……失敗したかしら」
フィニアの部屋の前、扉の横で聞き耳を立てながら、彼女は小さく呟いた。
◇◆◇
夕刻過ぎ、何か不安な気持ちになりながらフィニアは浴場へ向かっていた。
「ロットーには相談するべきだよなぁ……父さんたちに言うには、まだちょっと不確定なことが多すぎるし……」
そんなことをブツブツ言いながらフィニアが歩いていると、丁度浴場の前でイシュタルと鉢合わせする。
「あれ、フィニア」
「あ……イシュ、どうしたんですか?」
妙なところでイシュタルと鉢合わせしてしまったと、そうフィニアは思った。浴場……昼間のロットーのいかがわしい発言が脳を過ぎる。途端にフィニアは顔を赤くした。
「もしかしてフィニアも体洗いに?」
「はい……って、えぇ! い、イシュもぉ!?」
おかしい、今は召使さんが『この時間は誰も浴場お使いになりませんよ、フィニア様お一人で自由にお使いくださいね』と言っていた時間だ。女の子になってからちょっと自分の体がアレで恥かしいから一人でゆっくり体を洗いたいと、そうフィニアがお願いしてこの時間は自分しか利用しないことになっているはずなのに。
「なのに何故!?」
「フィニア?」
「あぁ、またまたすいません! 突然叫んでしまって!」
フィニアはドキドキしながらイシュタルに「あの、もしかして」と言って、そのまま浴場に視線を移す。イシュタルもフィニアの視線を追って浴場の入り口を見て、そしてフィニアに視線を戻して笑顔で頷いた。
「うん、私も体洗わせてもらおうと思って」