前途多難過ぎる恋 41
「昔コハクと外走り回ってた時は、よく怪我したからねー。それで手当てされてるうちに、なんとなく覚えちゃったんだよね。だから安心してよ」
「そ、それは凄いです! っていうかそうじゃなくて、フィニア王女様にそんな雑用っていうか、ねぇ! だ、駄目ですって、王女様の手を煩わせるなんてこと……あわわわわわっ! 僕しがない平凡な一般人っていうか、騎士ですけど王女様に何かしてもらえる身分じゃないですぅ!」
レジィは「自分で出来ますので!」と、フィニアの申し出を断る。しかしフィニアも『レジィが転んだのは自分を追いかけたから』という考えがあるので、罪滅ぼし的な意味で手当てをすると彼に言い張った。
「身分って……王女だってそれくらいするよ! っていうかレジィ転んだのは、私のせいでもあるし! だから貸して!」
「だ、駄目ですって! 王女様に手当てしてもらったなんてことがイシュタル王子に知れたら僕怒られます!」
「イシュがそんなことで怒るわけないだろ! イシュはすっごい優しいんだから!」
「はい、はい! そのとおりです! 王子は優しいです! でも駄目なんですよぉ!」
「なんで!」
「なんでもです! それに王女様、用事があったんじゃ……!」
「たいした用事じゃないよ! だから手当てするってば~!」
「王女様にそんなことさせられません~!」
フィニアとレジィはそんな感じで騒ぎ、仕舞いには救急セット争奪戦のようなことを始める。フィニアは意地でもレジィの手当てをしようとし、レジィは身分がどうのこうのと言って頑なにそれを拒んだ。
「ぐぬぬぅ~、手当てさせろぉ~!」
「だだだ、だめです~! ぜぇったい、僕自分で手当てします~!」
フィニアはレジィの手にある道具を取ろうと、必死に彼へ手を伸ばす。一方レジィは腕を高く上げてフィニアに奪われないようにと、両者は本来の目的を忘れたとしか思えない必死の攻防を繰り広げた。
やがてわけのわからない攻防戦は、唐突に終わりを迎える。それはフィニアがレジィに迫りすぎた為に、レジィがバランスを崩したのが原因だった。
「うわあぁぁぁあぁぁっ!」
「あ……うひゃあぁ!」
フィニアがガンガン迫るので、レジィは思わず後ろへひっくり返る。その勢いでフィニアも、レジィを押し倒す形で、彼と共に転んだ。
ガンッ! と、嫌な音が二人以外人気の無い廊下に響く。倒れたフィニアはレジィに受け止められ、彼の上に倒れこんだ。
「う~ん……驚いたぁ」
フィニアはそう言いながらゆっくり目を開ける。レジィを下敷きにして倒れたので彼女にそれほどの衝撃は無かったが、しかし予想外のことだったので驚いて身構える事が出来なかった。
そして目を開けた彼女は、なにやら自分の胸の辺りでくぐもった呻き声を聞き、「?」な顔で自分の胸辺りに視線を向ける。そして彼女はとんでもない光景に思わず硬直した。
自分がどんな勢いでレジィに押し迫っていたのか、もう『救急セット争奪戦』に夢中になっていたフィニアには、そこんとこがさっぱりわからない。しかし相当な勢いで彼を押していたのだろう。結果バランスを崩して倒れたレジィの上に、支えを失ったフィニアは思いっきり乗り上げたようだった。そして自分の胸に顔を押しつぶされ、”おっぱい”という脂肪の膨らみの下で苦しそうなか細い呻き声を上げるレジィ……
「ぎゃっ!」
奇声を上げて、フィニアは急いで起き上がる。しかしレジィはフィニアに押しつぶされたからか、それとも転んだ時に頭をぶつけたのか、どちらが原因なのかは不明だが意識を失っていた。なんか鼻血出ているし。
「うわあぁぁあぁー! レジィしっかり!」
胸元をレジィの鼻血で鮮血色に染め、青ざめたフィニアは彼の頬を叩いて意識を戻そうとする。やがて”胸元血塗れで気を失った成人男性(鼻血あり)の上に馬乗りになる王女”という奇妙すぎる光景を、騒ぎが気になってこの場にやってきていた一人の男が呆れ顔で目撃した。
「……王女、何してんですか」
「ぎゃああロットー! ご、誤解なんだよ! 俺、悪気とか全然無くて!」
フィニアが騒ぐ声を聞いて、一応様子を見にここにやって来たらしいロットーは、フィニアとレジィの惨劇を見て「殺人……?」と呟く。フィニアは涙目で「レジィを勝手に殺すなよ!」と叫んだ。
「いやいや、俺は殺ってないですよ。王女が……」
「俺だって殺してないよ! っていうか、それ以前にレジィ死んでないから! 鼻血出して気を失ってるだけだよ! まだ全然生きてるから助けて!」
レジィを殺していないことは確かだが、明らかに彼を”こんなこと”にしたのは自分なので、責任を感じたフィニアはどうしたらいいのかとロットーに泣きつく。ロットーは予想外に面倒な仕事が増え、疲れた溜息を吐いた。
「えーっと、大丈夫でーすかー?」
「……反応無いよね?」
「ないですね。こりゃ部屋に運んで寝かせといた方がいいんじゃないですか?」
「そ、そうだね……はぁ。レジィごめんね」
フィニアは疲れたように溜息を吐き、ロットーは気絶しているレジィを背負って立ち上がる。
「それにしても王女、あんた彼に何したんですか?」
「……違うんだよ、俺はただ彼の手当てをしようと……それであの、何かが大きく間違って……ひ、悲劇が……」
「はぁ?」
フィニアが大真面目な顔で「ロットー、女性の胸ってやっぱあれ凶器だよ」と言うのを聞き、ロットーはますます意味がわからなそうに怪訝な顔をした。
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