前途多難過ぎる恋 37
イシュタルの言う事、わかってはいたが、しかしフィニアはコハクに対してどんどんと臆病になっていた。
コハクに好かれようと色々やってきたフィニアだが、どうにも空回りしているということは、さすがに単純の塊であるフィニアでも薄々は気づいていたのだ。
「……コハク、誘ったらきてくれますかね?」
イシュタルに聞いても仕方ない事だとはわかっていたが、しかし不安からついそんなことを聞いてしまう。するとイシュタルは「私も一緒にコハク王女にお願いしてみるから、きっと大丈夫」と答えた。
「ほら、二人でお願いした方が二倍効果あると思うんだ」
「そ、そうですかね?」
「うん。だから大丈夫だって信じてみよう?」
「……そう、ですね」
元々誰かに背中を押されればやる気になる性格のフィニアなので、イシュタルの言葉は心強く、フィニアを『うん』と頷かせる力があった。
「そうだ、そうです! やる前から結果を怖がるなんて自分らしくありませんでした! いつもは当たって砕けろくらいの勢いでチャレンジするのが私なのに、消極的なのは自分らしくありませんね!」
フィニアは急に元気になったように力強い声で返事をする。イシュタルは元気になったらしいフィニアを見て、安心したように柔らかく微笑んだ。
間近で見るイシュタルの微笑みにフィニアがまたどきどきしていると、イシュタルはふと思いついたようにこんな事を言う。
「……そっか、私はフィニアよりお姉さんなんだよね」
「へ? あ、そですね。イシュのほうがお姉さんです」
イシュタルはにっこり笑って、「ならお姉さんをこれからもたくさん頼って、悩んでたら相談とかしてね」とフィニアに言う。その破壊力抜群の一言と笑顔で、フィニアは危うくまた気を失うところだった。
「お、おね、おねえさ、ええぇ!?」
「あ、ごめんね。なんか勝手にお姉さんとか……」
イシュタルがあやまると、フィニアは「いいいえ、こちらこそ是非ご相談させてくださいです!」と赤面顔で返事する。
それにしてもイシュタルがお姉さん……フィニアは嬉しいようなちょっとそれは違うような、そんな複雑な気持ちになった。長男なので自分より年上の兄弟には憧れていたフィニアだから、自分に”お姉さん”ができたというのは凄く嬉しい。でもイシュタルが”お姉さん”なのは、恋愛的な意味でどうなんだろう。
「お、お姉さん……」
「ほら、私って次女だろう? だから妹とか弟とか、下の子の世話に憧れてたんだよね。それでつい……」
イシュタルもフィニアと似たような憧れを持っていたらしい。単純フィニアは自分がイシュタルを喜ばせる事が出来ると知って、彼女より遅く生まれた事を神様と両親に感謝した。
「あの、私もお姉さんには憧れていました! 私、”お姉さん”だから! い、一緒ですね!」
「そうだね」
”お姉さん”で思い出したが、イシュタルのお姉さんは一体どんな人なんだろうとフィニアは疑問に思っていた。なので聞いてみることにする。
「あのぅ、イシュのお姉さんってどんな方なんですか?」
イシュタルは突然のフィニアの質問に、「そうだな」と考えてから答える。
「姉さんは……騎士として私が尊敬する人の一人だよ。戦場では率先して先に進む勇気と強さを持っている。でも普段は少しだけのんびりしている、私に優しい姉なんだよね」
さすがイシュの姉、話を聞くだけでなんかかっこいいのが伝わると、フィニアは感心しながら話を聞く。
「女性も戦場に立つ国柄が関係してたり、まぁそういう血筋なのかもしれないんだけど、姉さんは女性らしい格好とか苦手なんだ。よく私に『ドレスよりも甲冑の方が着てるの楽』とか言ってね。その話を聞くたびに、姉さんには悪いけどちょっと笑ってしまうんだ」
「わ、ワイルドなお姉さんですね……」
フィニアも女になって初めてドレスを着てみてその息苦しさを実感したので、彼女のお姉さんが『ドレスは楽じゃない』と言う気持ちは凄くよくわかる。けれども騎士甲冑も楽じゃないだろうと思う。フィニアは着た事無いが、先日イシュタルと共にやって来たウィスタリアの騎士たちの格好を見た時に、そっちもそっちで物凄く 息苦しそうだし重そうで大変な気がしたのだ。
どっちが楽なのか、両方来たイシュタルのお姉さんは甲冑を選んだようだが。
「全身金属塗れと、お腹をぎゅーぎゅー締め付けるの……ど、どっちがいいんだろう」
どっちも苦しいとしか思えないフィニアは、魔術師用のゆったりとしたローブ服が一番のお気に入りだ。体が楽な衣装は当然だが、やはり着ていても疲れない。
「イシュも甲冑の方が楽なんですか?」
「ふふっ、私はドレスを着たことが無いからどっちが大変なのかわからないけど、でも姉も私も甲冑を着ている頻度の方が多いから慣れの問題なのかもね。ドレスって同時にヒール高い靴履くし、それも大変そうだよね。甲冑は重いけど、慣れてくれば案外動けるんだよ」
「はぁ~……私は洋服とか、あとローブ服が楽で好きです。正直ドレスは好きじゃないですね。やっぱりほら、ぎゅーって苦しいんで」
フィニアがそう何となく答えると、イシュタルは少し驚いたように「フィニアもドレスは苦手なんだ」と言う。そりゃ元は男で、今までそんなの着た事無かったので、とは言えなかったのでフィニアはただ頷いておいた。
「そうか……それじゃあ王女は大変だね。いつもドレス着ていなきゃいけないし」
「はは、そうなんですよねー……」
ところでフィニアはイシュタルのお姉さんと自分が無事に仲良くなれるか、それをさりげなく心配していた。
将来長いお付き合いになるかもしれない相手(?)なので、是非仲良くなっておきたいし相手に気に入られたい。それに結果的には何も問題が無かったとはいえ、初対面で変な印象を与えないよう、イシュタルとの出会いのような失敗は絶対しないように気をつけなきゃいけない。