前途多難過ぎる恋 36
「フィニア?」
「わわっ、なんでもないです! あ、花園はもう直ぐです! 行きましょう!」
◇◆◇
心地よい暖かな風と共に小さく揺れるのは、深紅に咲き乱れるアザレアの花。小振りな花だが存在を主張する花で、数集まると確実に目を楽しませてくれる。他にも黄色や白の様々な種類の花が、このフラワーガーデンには所狭しと咲き溢れていた。
「わぁ……本当に綺麗だね」
さらに辺りの紅いアザレアの花も美しいが、小高い丘のここから見渡せる景色も美しい。眼下には広大な自然と、それとアザレア城下の町並みが広がる。手前の赤、そして遠くに見える緑とアザレアの町並み、青と白の淡い空の色の全てが視界で一つになって織り成すコントラストが、イシュタルに自然と感嘆の溜息を吐かせる。口許は自然と綻んだ。
「今日は天気もいいし、景色もすごくいいです。よかった、本当にいいタイミングの時にイシュをここに連れて来れました」
「うん、ありがとうフィニア。アザレアは本当に美しい国だね。なんだかずっと眺めていたくなるよ、この美しい光景を」
「い、イシュにそう言ってもらえるとすっごく嬉しいです! っていうか、イシュが笑顔になってくれると全部嬉しいです……」
「……なんだかフィニアって、女の私からしても時々本当に『可愛い』って思うことを言うからドキッとするよ」
「え?! え?! な、なんですか変な事言っちゃってますか自分!」
「ふふっ、そうじゃなくて……そうだな、つまりありがとうってことかな。私もフィニアが笑ってくれると嬉しい気持ちになるよ」
「え、えへへ……そですか? じゃああの、いっぱい笑いますね!」
「ふふっ」
フィニアはイシュタルが喜んでくれているようで、その反応も嬉しいらしく単純なくらいにこにこしている。まだまだこっそり二人の後をついてきているロットーたちも物陰に隠れながら二人を見守り、何となくいい感じな二人につられて笑顔になっていた。
「ロットーさん、王子たちいい雰囲気じゃないですかぁ?」
「そんな感じですね」
「もうこれは間違いなくお見合い成功ですよねぇ~。きっと国を挙げた盛大な結婚式になるんだろうなぁ~」
「……え~と、そうっすね」
ツッコむのが面倒になったロットーは、メリネヒに適当な返事を返してフィニアたち二人を見守る。確かにいい雰囲気だが、気を抜くとあの世話のかかる王女は失敗をやらかすからだ。なのでたとえいい雰囲気でも、それを見守るロットーは気を抜く事は出来なかった。
しかしロットーの心配をよそに、フィニアは普通にイシュタルといい感じの雰囲気の中で、初日から随分と成長したなと思えるほどスムーズにお話を続ける。
「そういえばイシュとお姉さんって仲良さそうですね」
「ん? 姉さん?」
唐突に姉の話題となリ、イシュタルはちょっと考えてから「そうだね、特別悪くは無いよ」と答える。姉のロザリアは自分のことをすごく心配してくれているのがわかるし、イシュタルも姉を人として騎士として姉を尊敬している。仲は悪くない。むしろ普通に仲のいい姉妹だろうと、そうイシュタルは思う。
「そっかー……羨ましいです」
「……コハク王女とのこと?」
イシュタルが聞くと、フィニアはちょっぴり困った笑顔で「はい」と頷く。
「私もコハクと普通に仲いいきょうだ……姉妹になりたいって思うんですけど、難しいんですよね」
「……今が難しい時期なだけ、だと思うけど。コハクちゃん頃の女の子って一番多感な時期だと思うし」
「そうですよね……そう思いたいです」
優しいそよ風に桃色の髪を靡かせながら、フィニアは何か想う眼差しで自分の国を見つめる。そして思い出したように、彼女は微笑んでこう言葉を続けた。
「昔はコハクと一緒にここへ散歩に来たりもしたんですよ」
昔は自分もコハクに好かれていた。その当時を思い出すと、楽しい気持ちになると同時に、それ以上に苦しい気持ちになる。でも大事な思い出だった。
「そうなんだ」
「はい! コハクまだちっちゃくて、ここに来る時はずっと手を繋いでて、いっぱい走り回って遊んで、それで帰りには眠くなって寝ちゃうコハクをいつも自分がおんぶして城まで帰ってたんですけど……」
まだ本当に子供の頃の話で、お城の中で遊べるところの限られていた自分たち兄妹は、よくここに来て疲れきって眠くなるまで遊ぶ事が多かった。詳細に思い出すと心温まる反面、今の現状とのギャップに軽く死にたくなる思い出である。
「……またコハクと一緒にここに来れたらなー」
少し心が痛む懐かしさを感じてそうぽつりとフィニアが呟くと、イシュタルは「じゃあ来ようか?」とあっさり言う。フィニアは「えぇ!」と、驚いた顔でイシュタルを見た。
「こ、コハクとですか!?」
「うん。明日にでも、また。コハクちゃん誘って来てみよう」
「そんな、無理ですよ! だって今のコハク、私のことあまり好きじゃないみたいだし……」
フィニアが「誘っても断られます、多分」と言うと、イシュタルはほんの少し屈んでフィニアと目線を合わせてこう返した。
「聞く前から諦めてちゃ、ずっと先へ進まないと思うよ?」
「……」




