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gloria  作者: ユズリ
前途多難過ぎる恋
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前途多難過ぎる恋 31

 メリネヒは気の抜ける声で叫びながら蟹をポコポコ叩き、フィニアは恐怖で泣き叫び、イシュタルは蟹のはさみを掴んで開こうと頑張る。周囲では召使たちが三人の周りでおろおろし、やがて騒ぎを聞きつけてかコハクとマリサナが騒ぐ三人の元へやってきた。


「一体何の騒ぎですの、これは」


「あの、どうかなさいましたか?」


 コハクとマリサナがそれぞれに声をかけ、イシュタルは「フィニアが蟹に指を挟まれて」と二人に説明する。それを聞いてマリサナは目を丸くし、次の瞬間腰に吊った剣に迷い無く手をかけた。


「フィニア様、今助けます!」


 マリサナはエストックと呼ばれる”突き”の剣を武器として所持しているが、それを手にフィニアたちの元へ向かう。フィニアが「マリサナ何する気!?」と怯えると、マリサナは真面目な顔で「カニを突き殺します!」と答えた。その返答と真面目なマリサナの顔の組み合わせが怖くて、フィニアは思わず恐怖に震える。


「マリサナ、なんかこわい! や、やめて!」


「しかしフィニア様! このままではフィニア様が細切れにされてしまいますよ!」


 マリサナは真面目に怖い言葉を連発するので、フィニアはますます怯えて泣き出す。そしてメリネヒも「か、カニさんを殺さないでくださいぃ~! これ、大事なお土産になる予定なんですぅ~!」と、マリサナに蟹を傷つけないでくれと頼んだ。

 いつの間にか蟹はフィニアの指どころか、もう一方のはさみでフィニアの腕まで挟んでいる。フィニアは「右腕が持ってかれるぅぅ~!」と情けない悲鳴を上げ続けた。


「それではあの、一体どうすれば……!」


 マリサナが戸惑った声でそう言うと、彼女の後ろでコハクが一人冷静に溜息を吐く。そして彼女はマリサナの前に出て、フィニアの指や腕をはさみで挟み込む蟹へ向けて手のひらを掲げた。


「穏やかな安らぎの旋律に身を委ね眠りなさい」


 コハクが呟いたそれは呪文だった。眠りを誘う呪文が、蟹に魔法をかける。蟹の体が優しい緑の光に一瞬包まれたかと思うと、蟹は途端に大人しくなる。そしてフィニアの手は、眠ったことで力を失った蟹からやっと解放された。


「わ、た、助かった……」


 フィニアは気が抜けたのか、涙目のままその場にしゃがみ込む。よほどの恐怖体験だったらしい。


「フィニア、大丈夫?」


 イシュタルは直ぐにフィニアの右腕に怪我は無いか確認を始め、そしてフィニアを救った妹のコハクは呆れ顔でフィニアに近づいた。


「おに……お姉様、あなたってほんと……」


 コハクが怖い顔で『馬鹿ですわ』と続けようとするが、それよりも先にフィニアが泣きながら「ありがとうコハク~!」と言い、その言葉にコハクの呆れた文句は掻き消された。


「コハクは命の恩人だよ!」


「お、大袈裟な……大体その蟹ははさみが鋭くありませんから、そう簡単に手を切られることはありませんわ。お姉様だってこれくらいの魔法は使えるんですから、落ち着いて考えればこのような対処は出来ましたでしょうに」


 コハクはまた大きく溜息を吐きながら、そうフィニアに言う。確かに今言われればなるほどそうだ、ということだが、しかしパニくっていたフィニアにはコハクの言うように冷静に考える余裕など無かった。


「それにしても魔法で眠らせる、か。なるほど、蟹もフィニアも傷つかないで済む解決方法だね。魔法というのは便利な力だと、今改めて思ったよ」


 イシュタルはそう言った後に、フィニアに「ちょっと指と手首が赤くなってるけど、切れたりはしてないみたい」と告げる。そして「痛い?」と心配そうに聞かれ、フィニアは「全然、大丈夫です!」と無駄に激しく首を左右に振って元気に返事をした。


「うわあぁぁん王女様ごめんなさぁい~!」


 蟹を持ってきた張本人であるメリネヒは、フィニアに涙目でペコペコ頭を下げて謝罪する。フィニアはメリネヒにも「大丈夫です! 気にしないで!」と、右腕を振り回して大丈夫なことをアピールしながら言った。


「ほ、本当ですかぁ?」


 メリネヒの泣きそうな顔に、フィニアは「本当です」と大丈夫なことを繰り返す。メリネヒはもう一度「ごめんなさい」と謝った。


「それにしてもフィニア様が無事で安心しました。ロットーが側におりませんし、そういうときにフィニア様に何かあったら大変です」


「そういや肝心な時にロットーのやつはいないよな」


 フィニアがちょっぴりロットーに対して文句を言っていると、フィニアの腕を心配していたメリネヒが突然「わぁ、王女様綺麗な腕輪ですねこれ~」と言って、今までまじまじと観察していた右腕を掴む。突然女性に触られて、フィニアは「わぁ!」と驚きの声を上げた。


「あわわ、な、なに!?」


 メリネヒはフィニアの右腕に嵌るアーティファクトの腕輪を、眼鏡越しに興味深そうに見つめる。フィニアはちょっとドキドキしながら、そんなメリネヒを見つめた。


「あのぉ……」


「とっても綺麗な紅い宝石が嵌ってますね~。う~ん、紅玉でしょうか?」


「こらメリネヒ、フィニアが困っているよ」


 イシュタルがメリネヒの自由な行動を注意すると、メリネヒは慌てて「わぁぁ王女様またまたごめんなさいぃ!」と謝る。フィニアは苦笑しながら、「いいよ、気になるなら自由に見て」とメリネヒに言葉を返した。


「え、いいんですかぁ?」


「うん。……あ、でも腕から外せないから見るならこのままの状態で見てね」


 フィニアの言葉を聞いて、イシュタルはちょっと不安げな顔で「外れないのかい?」と聞く。フィニアはやはり苦笑したまま、「いえ、外れることは外れるんですけど……」と曖昧な返事を返した。


「でも外せないって言うか……」

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