前途多難過ぎる恋 27
「王子~、王子~」
朝の稽古を終えて部屋に戻ったイシュタルが汗の掻いた服を着替えていると、部屋の外からメリネヒの声がノックと共に聞こえてくる。イシュタルは慌ててシャツに袖を通し、上着を羽織ってからドアを開けた。
「ごめん、お待たせメリネヒ」
「いえいえ~、王子おはようございますぅ~」
「うん、おはよう」
ドアを開けるとメリネヒが気の抜ける声と愛らしい笑顔でイシュタルを待っていた。イシュタルは「どうしたの?」と彼女に問う。するとメリネヒはちょっとずれためがねの位置を指先で直しながら、「王子にお知らせがあるんですよ」と言った。
「お知らせ?」
「はいぃ。結構重大なお知らせです~」
メリネヒはちょっと真面目な顔になって『重大』を強調するも、彼女の気の抜ける喋りとほんわかした雰囲気がフィルターとなって全然重大そうに聞こえない。それでもイシュタルも真面目な顔で、「なんだい?」と聞いた。
「それがですねぇ、今朝早くハトさんがせっせとお手紙運んでやってきましてぇ」
「……伝書鳩?」
「はいぃ~、それでこれがお手紙なんですけど……」
メリネヒは持っていた羊皮紙をイシュタルに渡す。丸めて蝋で封をしてあった痕跡のある羊皮紙を、イシュタルは受け取って眺めた。
「これは……ウィスタリア王家の刻印?」
「そうですよ、ウィスタリアからのお手紙でしたぁ~」
メリネヒは「とにかく読んでみてください」と言うので、イシュタルは若干不安な気持ちを抱きながら手紙を読んでみることにする。そして彼女はたいそう驚いた。
「ね、姉さんがこっちに来るだって?」
「らしいですよぉ~」
イシュタルは『なんで?』という気持ちで手紙を読み進める。そこには要約すると『イシュタルのお見合いが心配でいてもたっても居られないから近々そっちに行く』という内容のことが書かれていた。
「ね、姉さん……」
姉に心配されている事は嬉しいが、それにしてもこっちにくるという姉の行動力にイシュタルは驚く。そしてそれを許可した両親たちにも。
「ロザリア様もこっちに来るんですね~。なんだか賑やかになりそうですぅ!」
「そ、そうだね……手紙が今日届いたってことは、明日か明後日には姉さんが来るということかな」
少し戸惑うイシュタルは、「フィニアたちにもこのこと伝えないと」と呟く。するとメリネヒは「じゃあ私はカニが手に入るかリサーチしてきますね~」と、ちょっとよくわからないことを言った。
「か、カニ? どうして?」
「王子、最後のところを読んでください~。『お土産にカニを持って帰ることになったので、カニはお土産に持って帰れるか聞いておいて下さい』ってあるじゃないですかぁ」
メリネヒに言われ、イシュタルは手紙を見直す。すると確かに手紙の最後の方に、そんなような一文があるのに気がつく。
「あ、本当だ」
「ね? カニさん用意しておかないと大変ですよ~。きっとお土産は女王様たちがリクエストしたんだと思うんです。カニのお土産が無いと、女王様たちがっかりしますよぉ。というわけで早速カニは手に入るか聞き込み調査に行って来ますね、王子」
メリネヒはそのまま「カニ~」と言いながらどこかへふらふら~っと向かう。イシュタルは色々不安になりながら、彼女の背中を見送った。
◇◆◇
「えぇ! お、お姉さんが来るんですか!?」
朝食を食べ終えてテラスでイシュタルと共にお茶を飲んでいたフィニアは、彼女の話に驚いて思わずお茶を吹き出しそうになった。突然彼女のお姉さんが、このアザレアへ来ると言うのだ。イシュタルは驚くフィニアを見て、ちょっと申し訳なさそうに「いきなりの話でごめんね」と言った。
「い、いいえ! いいんです、お姉様の一人や二人や三人、全然来ていただいてかまいません! もうどーんと来てください!」
「あ、私に姉は一人だから一人しか来ないと思うよ?」
「ふぁ、そ、そですよねー! でも、どうして?」