前途多難過ぎる恋 20
「え?」
「わわっ、すいません!」
テンぱって妙な本音が出たフィニアは、やたら慌てた様子で「ごめんなさい!」と何度も謝る。するとイシュタルはちょっと顔を赤くして、「ありがとう」とフィニアに返した。
「可愛いって言われたのは初めてだな……ふふっ、やっぱり私も女の子だね。ちょっと恥かしいけど、やっぱりすごく嬉しい」
そんなことを本当に照れた様子で言うイシュタルの姿に、フィニアは完全にハートを射抜かれる。もうすっかりフィニアは彼女にベタ惚れだった。
でれでれで破顔状態のフィニアは、しかし直ぐに気になる事を思い出して真面目な顔になる。
「そういえばイシュは……あの、どうして女性なのに男だと偽っているんですか?」
聞いていい事なのだろうかとほんの一瞬だけ迷ったフィニアだが、以前に『理由はまたお話しする』と彼女自身が言っていたのを思い出して、思い切って聞いてみることにしたのだ。するとイシュタルは「そうだね、フィニアには説明しとかないと」と言って、話し始めた。
「ウィスタリアは王族の女性が代々王になるっていうのは知ってる?」
「へ!? そ、それは勿論、はい」
王女としてそれはどうなんだと突っ込まれそうなくらい他国の事情に疎いフィニアだが、まぁそれくらいのことは知っている。
「えっと……確かウィスタリアの国はえぇと……そう、すごい強い女の人が建国したんですよね! かっこいい!」
フィニアなりの精一杯の回答に、イシュタルはちょっと笑いながら「うん、そうだね」と頷く。きっとこの場にロットーがいたら、『もっと頭良さそうな回答してください』と注意していただろう。フィニアも答えた後に、あまりにもアホ丸出しなこと言ったと気づいて反省した。
「それで、王族で後継者候補の女性が複数いる場合は、その女性同士で戦って勝った方が王位を継承するという決まりがあるんだ。それで私には姉が一人いるわけだけど……」
そこまでイシュタルが話せば、フィニアも何となく続く説明を予想できる。
「あ、本当だったらお姉さんとイシュが戦って、勝った方が王様になるはずだったんですか?」
「うん、そういうことだね。でも私も姉さんも正直戦いたくはなかったからね。殺し合いをするわけじゃないけど、でも代々王位継承を巡る戦いは熾烈なものだったと聞かされていたし、真剣勝負なことには変わりないから相手を殺してしまった事例もあるんだ。父様も母様も、私たちをそういう争いに巻き込みたくなかったらしくてね」
「そ、そなんですか……」
自分とこの決まりも大概アレだと思っていたフィニアだが、他の国も色々大変らしいと知って驚く。フィニアも何となく今後の為に、さりげなく自分所の事情を話しておくことにした。
「あ、あの……アザレアにもなんかそういう、ちょっとした事情あります……」
「ん?」
「あの、なんかそういうの……えぇっと、何か古い仕来りとか迷信とかそういうのです」
「あぁ……そういえば聞いたことがあるよ。アザレアの王家の血を引くものは皆女性で、それには何か事情があると」
イシュタルが興味を持ったようにフィニアの顔を覗き込んで聞いてくる。今度はフィニアが緊張しながら話し始めた。
「……アザレアの王族に男は許されないんです。理由は、なんだかよくわからないけどすごく強い魔法の力を持って生まれるかららしいんですが……『大きすぎる力は災いを呼ぶ。それがアザレアの血を引く男児にかけられた呪いでもある』――かつてアザレアの王家に仕えていた占い師の言葉です。どうして男だけ桁違いな力を持 って生まれるのかはわかりませんが、実際男はそうなんです。そしてそれがアザレアに災いを、あるいは世界に災いをもたらすかもしれないとかって理由で、アザレアでは男児は生まれたら直ぐにその……殺される決まりなんです」
「殺される? 子供を殺すの? そんな酷いことを……?」
『アザレアでは王家に男がいない』という話までは知っていたらしいイシュタルは、衝撃を受けた様子でフィニアを見つめる。フィニアは「そうらしいです」としか言えなかった。
「じゃあフィニアもコハク王女も、もし男の子だったら、その……」
イシュタルの表情が険しくなる。一方フィニアは苦笑いするしかなく、「こ、怖いですよね。女の子でヨカッター」と、半分棒読みの台詞をイシュタルへ向けて呟いた。
「……何かしら決まりなどの事情があるのは当然それに到る理由があり、だから仕方ないことだと思うけど、でもたまに私はそういうのを『くだらない』って思ってしまう」
突然声のトーンを落として真剣に語るイシュタルの言葉に、フィニアはちょっと驚いたように目を丸くし小首を傾げ話しを聞く。
「まして小さな子供を殺すなんて……子供は理由もわからずに死んでしまうんだろう? それは酷すぎるし、いくら理由があるからといっても私は理解出来ないしそれをよしとすることも出来ない。勿論これは私の勝手な感情論なんだけどね。決まりを作った側からすれば、私の考えは何も理解していないと批判されるものなんだと思う。でも、やっぱり酷すぎる……」
イシュタルは真剣な顔でそう話す。そんな彼女の話を聞いて、フィニアはちょっと居た堪れない気持ちになった。
自分はイシュタルのように考えたことがながったんじゃないかと、フィニアはそれを反省する。アザレアの決まりは自分自身が当事者であるというのに、『そういう決まりがあるから仕方ない』くらいにしか考えていなかったのだ。
今までに自分と同じ男として生まれたアザレアの血族は、自分のように何らかの形で生かされた場合もあるかもしれない。でも大半は決まりどおりに殺されたのだろう。それを改めて考えると、胸が締め付けられるように苦しい気持ちになった。