災いを呼ぶ者 3
ロザリアが呟き、ロットーが「えぇ」と頷く。しかし護衛二人は王女たちの部屋の抜け道の存在をそれぞれ知らされていたし、ロザリアも自国の城にそういうものがあることを知っているので、それが存在していること自体には驚きはしない。ただ、それが今現在使われた形跡があることが三人を驚かせていた。
「フィニア様、こんなものを使って一体どこに……?」
マリサナの疑問にロットーも「さぁな」としか返事が出来ない。『一人で行動するな』と言った自分の言いつけを無視して勝手に抜け出したフィニアに対して、ロットーは内心で少し腹を立てた。だが、それ以上に彼女が無事かどうかが心配だ。
「フィニア様を探そう。昼間のこともあるし、放っておくのは心配だ」
「そうですね。でも、私たちだけで?」
マリサナが頷きつつロットーに問うと、ロットーは「とりあえずは」と答える。
「ただの散歩の可能性も無くもないし」
昼間に『あんなこと』があり、さらに自分が一人で行動しないよう念押ししても、それでも後先考えずに一人で行動するのがフィニアという問題人物だ。それをよく知っているロットーなので、フィニアが暢気に散歩している可能性も全くないとは言えない。
「王たちには話しておいた方が良いのでは……?」
「いや、今夜は王たちは社交界に出かけているだろ」
マリサナの問いにロットーがそう答えると、彼女は「そうだったわ」と恥ずかしそうに目を伏せた。
「じゃあコハク様には伝えておくわ。私もフィニア様を探すとなると、コハク様の傍を離れることになるわけですし」
「あぁ、それはそうだな」
コハクにこのことを話したら、彼女にとってのフィニアの株はまた下がってしまうんだろうな……と、それを一瞬気にしたロットーだが、しかしこれはもう仕方ないとも思いなおす。そもそも勝手にどこかに行ったフィニアにも問題があるのだ。フィニアには気の毒だが、マリサナの協力のためにもコハクには伝えておくべきだろう。
「あの、もちろん私も探すのをお手伝いしたいのですが……」
「いや、ロザリア様にそんなことをさせるわけにはいきませんよ!」
ロザリアが恐る恐るといった感じで手を挙げると、ロットーが当然のようにそれを拒否する。マリサナも「ロザリア様は気になさらずお部屋にお戻りください」と優しく彼女に声をかけた。しかしロザリアは首を横に振る。
「いいえ、私もフィニア様が心配ですから。それに……なんだかイシュのことも心配です。もしかしたらイシュもいなくなってるんじゃないかなって思って……」
ロザリアの言葉にロットーもその可能性を考える。いや、イシュタルもいなくなっているのなら、二人でいる可能性もあるので多少安心と言えば安心なのだが。
「たしかに先に王子の所在を確認した方がいいですね」
夜分に王子の元を訪ねるのは気が引けるが、こういう事情ならばイシュタルも理解してくれるだろうとロットーは考える。
「それではイシュのところに行ってみましょう! 私が一緒ならお二人も行きやすいでしょう?」
そう笑顔で言うロザリアからは、何が何でも自分も付いていくという気概を感じてしまう。ロットーとマリサナは一瞬互いに顔を見合わせ、そして二人は諦めたようにそれぞれ溜息を吐いた。きっとこの王女様もフィニアやイシュタル同様、待っていてほしいと言って大人しく待っているタイプではないのだろう。そんな面倒くさいタイプの王子王女が周りに多すぎないか? と、ロットーは悪態をつきたくなったが我慢した。
「ロットー、ロザリア様に何かあったらそれこそとんでもないことになりますから……」
「わかってる。いつも以上に気を付けるよ」
二人の小声の会話に、ロザリアはやはり笑って「あら、私は大丈夫ですよ」と声を上げる。
「私、こう見えて武術全般が得意なんですよ。特に得意なのは剣技ですが……そうそう、手合わせでイシュに負けたことないんですよ」
「……えぇ、ロザリア様の活躍の武勇伝はこの辺境の島国にも伝わってきていますので存じておりますよ」
いたずらっぽく笑うロザリアにロットーが苦笑しながら答えると、ロザリアはやはり楽しそうに笑って「それはちょっと恥ずかしいですね」と言った。
「でも、知っているなら私のことはどうか心配なさらず。むしろ何かあった時は頼りにしてくださった方がうれしいです」
ロザリアの言葉にどう返事していいのかロットーは迷い、結局曖昧な笑みで「わかりました」と頷く。そうして三人は一先ずイシュタルの休んでいる部屋へと向かうことにした。