不穏な影 39
「どうかしましたか、王女様~」
「いや、あそこに人影が……あれ、イシュじゃないかな?」
フィニアはそう言って遠くを指差す。遠目でわかりにくいが、しかしこの国では珍しい青い髪の毛の人物が見える。それはイシュタル以外にいないだろうとフィニアは思いながら、もっとよく見ようと渡り廊下の手すりに身を乗り出した。
「えぇ~、本当ですか?」
「ん~、わからないけど多分……なんか、誰かと一緒にいる……?」
さらによく見てみると、イシュタルらしき人物と一緒にもう一人誰かいることに気づく。しかし誰がいるのかまでは、遠目で、さらに薄暗い中であるので判別できない。フィニアが誰が一緒にいるのかを確認しようと目を細めると、背後でメリネヒの「どこですか~?」という声と動く彼女の気配を感じた。しかし直後に「きゃっ」と小さな悲鳴を聞き、フィニアはハッと顔を上げる。
「メリネっ……!」
後ろを確認しようとフィニアが振り返ろうとした瞬間、それより先に何者かに羽交い絞めにされる。抵抗する間もなくなにか甘い香りのする布で口を塞がれ、一瞬でフィニアの意識は喪失した。
「ん?」
そろそろ休もうと体を洗い自室に戻ってきたロットーは、ふいに妙な胸騒ぎを感じて窓の外を見る。カーテンを閉め忘れた窓の外は煌々とした丸い月の明かりが見えた。
「今日は満月か……」
呟きながら、ロットーはふとフィニアが魔人を呼んだ日のことを思い出す。あの日の夜もこんなふうに、白い月明かりが群青色の空を薄く照らす夜だった。まぁ、あの時は暗い地下での儀式だったのでロクに月明かりを見ることもなかったが。
満月の夜は魔力が高まるのだと、そう話してくれたのはたしかフィニアだったか。どのような理由でそうなるのかまでは、魔術に対する興味が若干薄いロットーなので詳しくは聞かなかったが、丸い月明かりを見ると時々その話を思い出す。
「……」
妙な胸騒ぎがした原因も満月が理由だろうかと、ロットーは窓の外に視線を向けながら静かに考えた。
【第三章・了】