不穏な影 38
部屋を抜け出したフィニアが人目を気にしながらメリネヒとの待ち合わせ場所に着くと、メリネヒはすでに彼女を待って庭先の木の陰に立っていた。
「あ、王女様~、こちらですぅ~」
メリネヒが遠慮がちな声で手を振ると、フィニアも小さく手を振って彼女と合流する。フィニアが傍に来ると、メリネヒは「大丈夫でしたか、王女様~」とフィニアに小声で聞いた。
「誰かに見つかったりしませんでしたか~?」
「だいじょーぶ、抜け道を通ってきたからね。人目につくような場所は通ってないよ」
「そうですかぁ~」
フィニアがブイサインをしてみせると、メリネヒも同じようにブイサインで返してくれる。なんだかちょっぴり悪いことをしているみたいなテンションが一瞬楽しくなったフィニアだが、しかし今はそんなノリを楽しむ事態では無い。大事なイシュタルが勝手にいなくなってしまったのだ。フィニアは真面目な顔で気を引き締めた。
「それでメリネヒさん、イシュの行先で何か思い当たることってある?」
「う~ん……それを考えてみたのですがぁ~」
メリネヒはよくずれる眼鏡の位置を直しながら、「一つだけ心あたりが」と囁く。フィニアは「なになに?」と興味津々で聞いた。
「王子、寝れない夜は本を読むんですよぅ~」
「あ、わかる。本読むよね、寝れないと」
メリネヒの言葉にフィニアは深く頷く。フィニアも夜に本を読んで過ごして、気づけば朝だった……なんてことが多々あったので、イシュタルも同じなのか~なんて考えたら自然とうれしくて笑みがこぼれた。
「王女様もですかぁ~。ええと、とにかく夜に王子が一人でどこか行った、ということはですよぉ、寝れないので本を探しに出たのかと……」
指を一本立てて、名推理を披露するかのようにキリっとした表情でメリネヒはそうフィニアに告げる。フィニアは「なるほど」と、納得したように頷いた。
「つまりイシュは本を求めて書庫に出かけた、と」
「ですですぅ~」
昼間のことがあって、それなのに客人という立場のイシュタルが一人で本を求めて書庫に行くだろうか……と、例えばこの場にロットーがいればそんなツッコミがあったかもしれない。しかし残念なことに今この場にいるのは、頭がやや残念な二人だけだ。
「メリネヒさん、さっすがイシュの付き人だねっ。きっとそうだよー、イシュは本を探して出かけたのかもねっ」
完全に納得したフィニアは「じゃあ書庫に行ってみよう」と言い、二人はさっそく書庫に向かった。
勝手に部屋を抜け出して城を徘徊していることがばれると面倒なので、フィニアはメリネヒを連れてなるべく見張りが少ないルートを選んで書庫へと向かう。
「王女様ぁ、なんだか遠回りしている気が~」
城の中のことに詳しくないメリネヒなのでフィニアに大人しくついていっているが、それでもフィニアがずいぶん遠回りして移動しているということはなんとなくわかるらしい。彼女のそんな呟きを背後に聞き、フィニアは「うん、ごめんね」と言葉を向けた。
「見張りの兵が少ないところを選んで行ってるからさ、どうしても遠回りになっちゃうんだよ」
「そうだったのですねぇ~。それにしても、やっぱり王女様に相談して正解でしたぁ~」
メリネヒは感心した様子で「お城の中のことに詳しいんですねぇ~」と呟く。フィニアは「まぁね」と笑った。
「まぁ、正直城の中のことで私より詳しい人はいないんじゃないかな~」
ずっと城の中でしか過ごせなかったフィニアは、幼い頃は一日中城の中を探検したことを思い出す。少し寂しい思い出ではあるが、その時の経験が今こうして役に立っているので、フィニアは前を向いたまま一人苦笑を漏らした。
そんな話をしつつ城の中をこっそり移動していると、二人は書庫のある塔に続く渡り廊下に出る。フィニアは慎重に周囲を見渡した。
「あれ、でも書庫にも見張りの兵がいるけど……イシュ、書庫に入れたのかなぁ?」
書庫がある塔にも当然見張りの兵がいる。そのことを思い出してフィニアが疑問を口にすると、メリネヒも「そうですねぇ」と首を傾げた。
「まぁ~でもぉ……考えてもわからないので、とりあえず行ってみませんか~?」
「ん~……そうだね」
どうにもゆるい性格の二人なので、『とりあえず行動してみよう』という結論にしか至らない。フィニアがメリネヒの提案に頷いた直後、彼女は遠くに見えた書庫の塔の廊下に人影を見つけて「あ」と小さく声を上げた。