不穏な影 37
メリネヒの言い分も理解できる。たしかにただの散歩とかだった場合、大事にしたらイシュタルもメリネヒもだいぶ気まずい結果になるだろう。そういう事態も予想できるから、まずは自分に相談したのかもしれないし。
「王女様にご相談したのは、お城の中のことを私が詳しくないから聞いただけでありましてぇ~……お城の中のこと、教えてもらえれば私が一人で探しに行くので大丈夫ですぅ~」
「え、いやいや私も一緒に行くよっ! 私もイシュのこと、心配だしっ」
フィニアがそう訴えると、メリネヒは「で、でもぉ~」と遠慮する態度を見せる。本当はフィニアも巻き込みたくはなかったのだろう。そんな彼女にフィニアはむしろ頼み込むように「お願いっ!」と頭を下げた。
「イシュのこと、本当に心配なんです~っ!」
「えぇ~?! 心配なのはよくわかりましたがぁ、王女様が下の者に頭下げないでください~っ!」
メリネヒは驚いたように慌てて、「わ、わかりました~」とフィニアに返事する。
「王女様に頭を下げられるなんてぇ、本当にびっくりですよぅ~」
メリネヒは慌てた拍子にずれた眼鏡の位置を直しながら、「それじゃあフィニア様、すみませんが一緒に王子を探してください」と改めてフィニアにお願いした。
「うんっ! 探す探すっ!」
メリネヒの言葉に力強く頷いて返事をしたフィニアは、さっそく部屋を出ていこうとする。が、またこれをメリネヒが止めた。
「王女様~、そんな真正面からお部屋を出てっても大丈夫なのでしょうか~?」
「むむっ」
確かに部屋の前には見張りの兵がいる。こんな夜に部屋を出ていこうとすれば止められることは間違いない。
「なにかぁ、怪しまれずに出る方法があればいいんですがぁ~」
困ったように首を傾げるメリネヒを見て、フィニアはなぜか得意げな表情を浮かべた。
「ふっふっふ、あるんだな、それが」
「え?」
フィニアは首を傾げたままのメリネヒに「ちょっとこっち来て」と部屋の奥へ案内する。
ベッドルームの一角に設置された装飾の多い棚の前まで来たフィニアは、メリネヒに「ここ、見てて」と棚を指さして言った。
「はわわ~なんですかぁ? まさか秘密の抜け道でもあるんですかぁ~?」
メリネヒが興味深そうにフィニアが指した棚を見ていると、フィニアは答える代わりに短い呪文を口にする。すると棚の装飾が赤色に光り、驚きに目を丸くするメリネヒの前で棚がゆっくりと動き出した。
「わわわわぁ、本当に抜け道ですぅ~」
動いた棚の裏には、薄暗い通路がつながっていた。フィニアは「そうなの」となぜか自信満々に答える。
「何かあった時のためにね! 部屋にばっちり抜け道があるんだよね~!」
「王女様が逃げられるようにですねぇ~、大事なことですぅ」
幸いなことにその『何か』は今までなかったので、棚の裏はすっかり埃をかぶっていたし、抜け道である通路も覗いてみた感じだいぶ薄汚れていたが、これで誰にも気づかれずに部屋から脱出できるだろう。
「それじゃあ王女様はぁ、ここから脱出ということでぇ~」
「え、メリネヒさんは?」
「私はぁ、お部屋からふつーに失礼しますよぅ~。私が入ったのに出てこないんじゃ、それはそれで怪しまれますぅ~」
メリネヒの言葉にフィニアは「それは確かに」と頷く。間延びした口調のせいで誤解しやすいが、ぼんやりしているようでしっかりした人なんだなと、フィニアはメリネヒを見直した。そもそもしっかりしていないとイシュタルの付き人なんて務まらないだろうし。
「それじゃ王女様、どこか近くでこっそりと待ち合わせしたいのですが~」
メリネヒがそういうと、フィニアは少し考えてから傍の窓を指さして「じゃあ、この部屋の下の庭で」と答える。
「大丈夫かな?」
「は~い、大丈夫ですぅ~」
メリネヒは窓の外をのぞき込みながら、フィニアにブイサインをして見せた。
「それじゃあ王女様、お気をつけてです~」
「メリネヒさんもねっ」
メリネヒはフィニアの言葉に笑顔で手を振り、そして部屋を出ていく。メリネヒを見送った後、フィニアはさっそく部屋を抜け出そうとして、自分が今寝間着であることに気づいた。
「むっ……着替えるか?」
数秒考え、しかしメリネヒを待たせるのも申し訳ないので、フィニアは結局薄い寝間着のまま部屋を抜け出すことにした。