不穏な影 35
「……王女の気持ちはわかります。気持ちはね」
「ぶーっ」
不満げに子どもみたいな反応を返したフィニアに、ロットーは苦笑しながらこう続ける。
「ま、でも少なくとも王子は犯人じゃないでしょう」
「は? 当たり前だろ?!」
フィニアは「女神のように優しいイシュが犯人のわけないだろ」と言う。女神云々は置いといて、ロットーは真面目に続けた。
「ここで王子がトラブルを起こして利になることが一切ありませんからね」
むしろ余計なトラブルは彼女にとって不利益にしかならないはずだ。王子には自分が女性であるという重大な秘密がある。余計なトラブルを起こせばその秘密が公になる可能性も高い。そう考えると、むしろ彼女も犯人にとってはターゲットの一人であるのかもしれない。
「アザレアとウィスタリアの仲を悪くするのが目的だとしたら、外部の何者かが犯人である可能性が高いが……」
「ほらー! やっぱりウィスタリアの人たちも無関係だ~!」
自分の呟きに対して喜ぶフィニアに、ロットーは「いや、だからそうは断言できないって」と苦い顔をする。
「短絡的に結論を出そうとするのは王女の悪いところですよ。白黒はっきりしないと気が済まないんでしょうけど」
「えー? 誰でもフツーはそうだろ?」
ロットーの注意にフィニアは納得いかなそうな顔を浮かべる。ロットーは気にせず言葉を続けた。
「そりゃはっきりわかるならそれに越したことはありませんけどね。あいにくとこの件はまだわからないことだらけだ。だから王女、何度も言うんですけど……」
自分の言葉に「なに?」と首を傾げたフィニアに、ロットーは少し真面目な顔でこう注意を告げた。
「今朝は一応とか言ったんですけど……一応じゃなく、繰り返しますけど気を付けて。くれぐれも一人で勝手に行動とかしないでくださいね、絶対に」
ロットーがそう言うと、フィニアは笑ってこう返す。
「あ、それってフリってやつでしょ! 絶対やるなって言ってやるって言う……」
「王女、ふざけてると剣で物理的に黙らせますよ」
「こわっ! 冗談だよ! 最近のロットー剣出すの早すぎない?!」
すぐ剣で解決しようとするロットーが怖すぎるので、フィニアも一応真面目な表情となり「わかりましたー」と返事をした。
「さーて、どうしようかな~……」
日が落ちて夜になり、寝間着に着替えたフィニアは自室でそんなことを呟きベッドに寝転がる。
普段なら書庫で夜更けまで……ひどい時には朝まで魔術書を読みふけったりもする楽しい自由時間だが、さすがにしばらくは自室でおとなしくせざるを得ない。しかし眠くなるまでただグダグダと過ごすのももったいないので、今後のことを具体的に考えてみることにした。
「そう、具体的に……俺とイシュが最高のハッピーエンドで結ばれるためにはどうしたらいいのかっ」
一人だというのについ鼻息荒くそんな独り言を言ってしまうほど、これはフィニアにとって最重要課題だ。このためだけに今の自分は人生で一番努力していると言っても過言ではない。
「……っても、やっぱりいい案は相変わらず思いつかないんだよな~」
初恋がこんなにも悩み多きイベントだなんて、知れてうれしいようなそうでないような……そんな複雑な感情を抱きながらフィニアはベッドの上で転がり枕を抱きしめた。
「あぁ~俺が男のままでイシュに出会った場合は一体どうなってたんだよ~」
枕を抱きしめてゴロゴロと広いベッドの上を転がっていると、ふいに部屋のドアがノックされる。
「え? 誰だろ……」
ロットーかな? と思いながらフィニアはベッドから立ち上がり、寝間着のままドアへと向かった。