不穏な影 34
フィニアのその謎の自信に最初はポカンとしていたイシュタルだが、やがておかしそうに笑いだす。そんな彼女の様子を見て、フィニアは「えぇ、なんで笑うんですか?」と困惑した。
「いや、ごめん……フィニアってやっぱり面白いなって」
「面白いことなんてしてませんよ?」
困惑したままそう返事するフィニアに、イシュタルはもう一度「ごめんね」と告げる。そうして彼女は唐突にフィニアの手を握って優しく微笑んだ。
「それなら信じているよ、フィニア。私のこと、間違えないでね」
「は、はいっ……!」
イシュタルの女神のような可愛い笑顔に加えて手まで握ってもらえて、フィニアは心臓をバクバクと鳴らしながら真っ赤な顔で何度も頷く。
「ロットーは間違えても、イシュは絶対間違えませんから!」
「いや、だからなんでそう息するように俺に喧嘩を売るんですか、王女」
多分今のフィニアは自分の声なんて聞こえちゃいないんだろうなと思いつつ、一応ロットーはフィニアにツッコミを入れる。だが案の定イシュタルに夢中なフィニアは彼をガン無視して、終始女神の笑顔にデレデレだった。
イシュタルとは別れ、フィニアはロットーと城の廊下を歩いていた。
「ねぇロットー、さっきの話だけどさぁ」
フィニアからそう声をかけられ、ロットーは「さっき?」と視線を隣に向ける。
「俺に仮になにかあって、そしたらウィスタリアと仲が悪いことになっちゃう可能性があるって話」
まっすぐ前を向きながらそう問うフィニアを一瞥し、ロットーは一度向けた視線を同じく前方へと戻す。
「えぇ、それがどうかしましたか?」
「イシュタルが何もしてないのは絶対、当然だとしてさ、だよ」
「はい」
「やっぱりウィスタリアの人たちだって何もしてないと思うんだ、俺」
ロットーは前を向いたまま、とりあえずフィニアの言い分をすべて聞いてみることにする。彼は「それで?」と彼女に続けるよう促した。
「うん。だから、悪いやつってのはウィスタリアを陥れようとして侵入してきた誰かだよ、絶対」
「……はい」
「だーかーらさ、ロットーもあんまりウィスタリアの人を疑ったりしないようにねっ。俺、争いとか起きてほしくないからっ」
フィニアが最終的に伝えたかったことを理解し、ロットーはどう返事をするか迷ったように頭を掻く。
イシュタルも指摘していたが、フィニアの馬鹿正直さと純粋さは当然長い付き合いのロットーもよくわかっている。だから彼女がなるべく知った人たちを悪く思いたくない気持ちも理解できるが……。
「王女、俺もそりゃできれば王子含めたみなさんを疑いたくはないですけど……でも、俺はあなたを守るのが仕事です。そのためには『知り合いだから』とか『親しいから』って私情は抜きにして考えないといけないんですよ。俺も争いは嫌ですが、怪しければ警戒して疑います」
きっとこう答えるとフィニアは不満であろう反応を返すだろうと予想しつつ、ロットーはそう彼女に説明する。するとやはりフィニアは不満げにロットーをにらんできた。
「ロットーは冷たいなぁ」
「だから、そーいうことじゃなくて……」
しかしフィニアは急に肩を落として「あぁ、わかってる」と意外な反応を示した。
「王女?」
「俺も疑いたくないんだよ、イシュやウィスタリアの人たちを。レジィとかさ、すっごい良い人だし。だからさぁ、犯人は外から来た全然知らない人がいいなーって……」
純粋で馬鹿正直ではあるが、そう言って表情を暗くするくらいにはフィニアも能天気ではいられない状況だとわかっているらしい。コハクを襲った犯人が何者であるかはわからないが、知り合いを疑うことはしたくない。だが現状は彼らが絶対に容疑者ではないとも言い切れない。それならば、多少なりとも警戒は必要だ。