不穏な影 33
ロットーの問いにそうフィニアが答えると、ロットーは「そんな魔術でも使われたら俺でも見破れるかわからないですし」と苦い顔で言った。
「なので王子の言う通り、王女自身も警戒はしていてくださいね。いつも俺が傍にいれるわけでもないんですから」
「いや、ずっとそばにいてよ」
なんだか急に怖くなったのでフィニアがそう真顔で言うと、「風呂もトイレも寝るときもですかぁ?」と迷惑そうにロットーは返す。それはフィニアもご遠慮願いたいとブンブン首を横に振った。
「っていうか怪しい……」
「何がですか」
急に自分を怪訝な表情で見てきたフィニアに、ロットーも同じ表情を返す。
「怪しいヤツが変装してるかもしれないってことでしょ? それも身近な人に変装してる可能性もあるから気をつけろって……それってロットーも怪しいってことだよね!」
フィニアは「そういえばロットーにしてはいつもより私に優しい気がする」と妙なことを真顔で言う。それを聞き、ロットーは心底いやそうな顔をした。
「ふぃ、フィニア……そんな、ロットーに失礼だよ」
「いいえ、イシュだって用心した方が良いって言いましたよね?! ってわけで本当にロットーなのか怪しいので色々確認した方が……」
フィニアがそこまで言うとロットーが無言で腰の剣を鞘から抜く。その目が氷のように冷たくて、フィニアは『あ、コレいつものロットーだ』と理解した。
「ごめんなさロットー様、冗談です。だから剣を仕舞って?」
「いえいえ王女、俺を疑うのはいいことです。その姿勢は正しいですよ。だから俺も本物だということを証明するために王女に剣技を披露しようと……」
「それ絶対、対象私だよね?!」
フィニアは「イシュ助けて!」と涙目でイシュタルの後ろに隠れ、イシュタルは困った顔でロットーに「ロットーも戯れはそれくらいで」と彼を宥めた。
「仕方ありません、王子がそう言うのなら……」
そうため息と共に剣を仕舞ったロットーを見て、フィニアは納得いかなそうな表情を浮かべる。
「なんで主君の言うことは聞かないの、この護衛は」
「素直に言うこと聞いたら聞いたでさっきみたいに『このロットー私に忠実なんて怪しい、偽物だ』とか言うでしょう、あなたは」
ロットーの呆れたようなその言葉にフィニアは「確かに」と頷き、そんな二人のやり取りを見てイシュタルはつい笑ってしまった。
「フィニアもはじめて会うタイプの姫で色々と驚いたけれども、ロットーもなかなか面白いよね。君のような護衛にも、私は会ったことがないよ」
「そ、それは……王子の前で失礼しました。つい……」
イシュタルの前でついいつも通りの漫才をしてしまったと恥ずかしそうに反省するロットーに、イシュタルは微笑んで「いや、気にしないで」と告げる。
「君がフィニアの護衛で助かる。少なくとも私は安心かな。フィニアのこと、とてもよく理解しているようだし、フィニアもすごく心許しているみたいだしね。これなら君に変装してフィニアを騙すなんてこと、そう簡単にできないと思うよ」
「そ、そうですかね……」
苦く笑うロットーに対して、イシュタルは「気を付けるなら私の方かな」と呟く。
「私の偽物を疑う方が、可能性としてはあり得るよ」
イシュタルが前髪を掻き上げながらそう言うと、フィニアは大まじめな顔で「イシュは大丈夫です!」と力強く即答する。イシュタルは思わず驚いた顔で「なぜ?」と彼女を見た。
「イシュは絶対本物だってわかります!」
「え、それはだから……なぜだい?」
「えーっと、雰囲気です!」
なにも答えになってない答えを自信満々に言うフィニアに、イシュタルはあっけにとられたように「雰囲気……」と呟く。するとフィニアはなおも謎の自信を前面に押し出して続けた。
「私、イシュのことはぜーったい間違えません!」