不穏な影 32
「はいはい、前向きに検討しますね。それより王子」
「それよりって!」
自分の言い分を普通に流したロットーにフィニアは怒るが、ロットーはやはり無視してイシュタルに語り掛けた。
「俺も本来狙われたのはフィニア様のほうだと思います。コハクちゃ……様が狙われる理由がありませんからね」
深刻な表情でそう言うロットーに、彼の言葉を聞いたフィニアは『まるで俺は理由があるみたいな』と内心で不貞腐れる。いや、あるのだが。
「しかしフィニア王女には少なからず理由があります。そう、王子との見合いのことがある」
「あぁ、やはりそう考えるか」
ロットーの言葉に対してイシュタルも同じ考えを示して頷いた。そうして彼女は続ける。
「私も同じことを考えたんだ。今このタイミングでこんな事態が起きるんだから、私とフィニアのことが関係していると思う」
イシュタルは長い足を組みなおして、なにか疲れたように深くため息を吐く。そんな彼女の仕草も美しくて本当に完璧な美女だな~と、フィニアは深刻な場の雰囲気をガン無視して見惚れた。
「あるいはこの事態に乗じて侵入した者が行動を起こしているか、とも考えられますが」
「オリヴァート殿は、城に荒らされた形跡はないと言ってたけども」
「えぇ、そうらしいですね。だから狙いはあくまでコハク様か、あるいはフィニア王女でしょう」
「どゆこと?」
最後の間抜けな質問は、二人の会話をただ眺めることしかできていなかったフィニアだ。ロットーは一瞬彼女を無視してイシュタルと話を続けようとしたが、直後に「あの、一応言っとくけど無視しないでね」とフィニアに釘を刺されたので仕方なく視線を彼女へ向けた。
「外部からの侵入者がいて、王女かコハク様を傷つけようとしてるわけです。そしてその罪を王子か、あるいはウィスタリアに擦り付けようとしている……とか」
「ふぅん……? なる、ほど……?」
ロットーの話をフィニアなりに結論に直結させると、「つまりはやっぱり犯人は私とイシュの仲を邪魔しようとしてるんだね?!」となる。
「なにか騒ぎを起こして、それをイシュたちのせいにして、私たちの仲を気まずいものにさせようとしてるってことかー!」
「ははは、気まずいで済めばいいんですけどね」
フィニアの優しい表現に対してロットーは苦く笑い、イシュタルも小さく笑んだ後に「ロットーの言うとおりだ」と表情に影を落として頷いた。
「気まずいなんて言葉では済まない事態になる可能性もある。最悪戦争なんてこともね……」
「えぇ?!」
まさか『戦争』なんて物騒なワードが出てくるなんて思わずフィニアは驚愕を叫ぶ。
「そ、そんな……そんな恐ろしいことになってしまうんですか?!」
あわあわと慌てるフィニアに、イシュタルは「あ、落ち着いてフィニア」と少し脅かし過ぎてしまったと反省しながら説明を続けた。
「それは一番最悪の可能性だよ。でも無くはないから……だって王女を傷つけるのは重罪だよ。その原因が我々にあったとしたら、そういうことにもならなくもない」
「い、イシュたちがそんなことするわけないですよっ!」
何か憤慨したようにそう訴えるフィニアに、イシュタルは少し笑って「ありがとう」と返す。自分を、国を含めて本気で信頼してくれているフィニアの姿はイシュタルにとって素直に嬉しかった。
フィニアの優しさは本物だろう。きっと彼女は心から自分たちを信頼している。短い交流の中でも十分にそれがわかるほど、彼女は純粋な性格だ。
「フィニア、信頼してくれるのはうれしいけど、でも少し君自身も気を付けて警戒した方がいい」
真剣な声音でそうイシュタルに声を掛けられ、フィニアは戸惑うように「え、えぇ?」と首を傾げた。
「警戒、ですか……」
「もしかしたら犯人はすごく身近な存在かもしれないよ。すでに君に接触してるということもありうる」
「え?!」
驚くフィニアにイシュタルは「もちろんどこかに潜んでいるだけの可能性もあるけども」と付け足したうえで、彼女に説明を続ける。
「でも変装して城に忍び込んでいるという可能性だってあるだろう? フィニアの人を疑わないところは人としてとても素敵だけど、一国の王女としては君のその素直さは心配でもあるよ」
「へんそう……なるほど、です」
イシュタルに心配してもらうのはなんだかうれしいなと思いながら、フィニアは顎に手をあててうんうん頷き考える。たしかに知り合いに変装でもされて近づかれたら、自分は何も疑わないでその人物にホイホイついていく自信がある。
「変装か……そういやなんか姿を変える魔術とかありますよね、王女。俺は詳しくないからよくわからないけど」
ロットーの問いにフィニアは「あるね」と頷く。
「変装っていうか、幻覚を見せて見た目を欺くっていうのかな? そういう魔術はあるよ」