不穏な影 31
フィニアがそう言って自室をすすめると、また知った声が近くでフィニアを呼んだ。
「あ、おうじょー……と、王子も」
「ロットー」
何か用事があったとかでフィニアを置いてどこかに行っていたロットーだったが、その用事を終えたのかフィニアたちを見つけて声をかけてくる。イシュタルはロットーを見ると、「丁度いい」と言って近づいてきたロットーに微笑んだ。
「昨夜のコハク王女が襲われた出来事について、心配だからフィニアと話をしたいと思ってね。ロットー、彼女の護衛である君にも一緒に来てもらえると嬉しいのだけど」
イシュタルの言葉に少し驚いた表情を浮かべたロットーだったが、断る理由も無かった彼はその誘いに「かまいません」と頷く。そうして三人は話をするために、フィニアの部屋へと向かった。
フィニアはイシュタルたちを招いて自室へ入ると、まずはイシュタルに椅子に腰掛けることをすすめる。
「それでイシュ、お話とは……?」
イシュタルが腰掛けると、フィニアは彼女の向かいに同じく腰掛けながら、早速彼女へとそう問う。話の前に何かお茶でも用意してもらおうとも思ったフィニアだったが、イシュタルの様子が急ぎであるように思えたので問いを優先させたのだった。
ロットーもいつもどおりに適当な場所に腰かけ……ということはさすがに王子の前なのでせずに、フィニアの傍に立ちながらイシュタルの話を聞く姿勢を取る。二人の視線を受けて、イシュタルはこう話を切り出した。
「コハク王女が襲われた件について、フィニアはどう思う?」
「へ?」
フィニアが間抜けな声と間抜けな顔をするので、イシュタルは苦笑を浮かべた。
「ごめん、急にそんなことを言われても困るね。えっとね……何故コハク王女が襲われたのか、犯人は誰で目的は何かとか……フィニアはどう思っているのかなと、それが聞きたいと思って」
イシュタルがそう問いなおすと、フィニアは困ったように眉根を寄せた。
「どう思って、ですか……」
そうは問われても、魔道以外のことで賢く頭を使えるフィニアでは無いので、すぐに返事となる言葉を返せない。そんなフィニアの代わりにか、ロットーが口を開いた。
「すみません、今朝その件について俺も王女と話をしましたので、俺から考え等をお伝えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
説明下手なフィニアよりも自分が話をした方がいいだろうと、そんな理由でロットーがそうイシュタルへ提案する。それに対して基本ロットーに任せられることなら喜んで任せるフィニアが文句を言うはずも無く、イシュタルも「あぁ」と了承の意味で頷いた。
二人の反応を受けて、ロットーは「それでは」と話し出す。
「まずコハク王女が襲われた件ですが、王子の様子から察するに本当に狙われたのはフィニア王女の方ではないかと王子はお考えなのではないでしょうか」
ロットーのその言葉に、イシュタルは険しい表情での沈黙の後に小さく頷く。彼女の反応を見て、『考えることは同じか』とロットーは思う。イシュタルもまたロットーと同様の感想を抱いたようで、険しい表情のままに「あぁ、やはり二人もそう思ったのか……」と呟いた。
「いやー、二人って言うか俺だけっていうか……王女はこの通り何も考えてないタイプなので、そこまでは考えて無かったみたいですけども」
「ちょっと、何も考えてないってひどい! 考えてるよ!」
「そうですかね……王女の考えられることって明日の天気だとか夕御飯の事とか魔道のこととか、そこら辺が限界なんじゃないかと思ってるんですが」
「もっと色々考えてるし!」
部屋に入ってから深刻な顔をしていたイシュタルだったが、ロットーとフィニアがいつもどおりに残念なノリで話しているのを見ると、少し表情を緩めて笑みを零す。彼女が「ふふっ」と小さく笑うと、それに気付いたフィニアは恥ずかしそうな顔をしながらロットーへと文句を重ねた。
「なんかイシュに笑われたし! ロットー、私はもっと色々考えてますってことをちゃんとイシュに説明してよ~!」