不穏な影 30
それにしても以前の自分であったらこんな時には相手に馬鹿正直な本音を言いそうになるか、あるいはそれを言わずともこんなにすらっと建前となる言葉を相手に伝えられなかっただろうと、フィニアはそんなことを内心で考える。段々とコミュ力が付いてきた結果なのかもしれない。
あるいは相手がイシュタルだから、緊張して話すことも無くなったのだろうか。それだけ彼女が自分にとって身近な存在になりつつあるのだと、フィニアはそう思って少し恥ずかしくなった。
「……」
「フィニア、どうしたの? 顔が少し赤いよ」
「はわっ!」
イシュタルが間近で顔を覗き込むので、フィニアは思わず奇声を上げる。
多少は異性……というか、イシュタルと接することが慣れてきたとはいえ、やはりまだ美しい彼女に間近に迫られたりすると心臓が飛び上るほどに緊張してしまう。『少しは慣れてきた』なんて自信を持った直後にまたそれを再認識させられて、フィニアはがっくり肩を落とした。
「うぅ……イシュが可愛すぎるのがいけないんだ……」
「フィニア? ……ますます赤い気がする……大丈夫? 熱でもあるの?」
「きゃーっ!」
イシュタルの両手が俯いていたフィニアの頬を包み、その優しい体温に驚いたフィニアは悲鳴を上げながら顔を上げる。そして真剣に自分を心配してくるイシュタルに、大丈夫じゃなさそうなくらいに真っ赤な顔色で「大丈夫です!」と言った。
「えぇ、本当に大丈夫なの……? すごく赤いけど……風邪でも引いてまた体調を崩したんじゃ……」
「へーきです、へーき! それに仮に風邪引いてたとして、その場合はイシュにうつったらいけないので手を離してください~っ!」
フィニアが叫びながら後ずさると、イシュタルは「そんな気を使わなくていいのに」と少し笑ってフィニアを解放した。
「それに私はあまり風邪とか引いたことがなくてね。ふふ、体が丈夫なことが自慢なんだ。だからそう簡単にはうつらない自信があるよ」
本当にそれが自慢だというふうに自信満々に微笑みながら告げるイシュタルが可愛くて、フィニアは「そうなんですか~」と答えながら顔をにやけさせる。フィニアのにやけ顔の意味など全く知らずに彼女の反応に首を傾げたイシュタルだったが、すぐにまた先ほどの話に話題を戻した。
「フィニア、先ほどの話だけど……オリヴァートさんに昨夜に何があったのかを聞いたのだけども、一体誰がなんの目的でコハク王女を襲ったのかはまだわかっていないんだってね」
「え? あ、えぇ、そのようです。私もロットーから少し話を聞いただけで、詳しいことは知らないのですけども……」
「犯人は捕まっていないのだから、まだこの近くにいる可能性もある。目的は今は不明にしろ……コハク王女が襲われたということだから、フィニアも警戒する必要がある。いい? いくら勝手知った城の中とはいえ、一人で出歩いたりなんてことはしてはダメだからね」
真剣に自身を心配する眼差しを向けてそう告げるイシュタルに、フィニアはまた少し照れながら「はい」と小さく頷く。こんなに真っすぐに自分を心配してくれるイシュタルの姿に、フィニアは『本当にイシュタルは天使だな』と真面目に思った。
「いや、女神……現代の女神であり慈愛と美の化身だよ……イシュの彫刻作ってこの国の新しい宗教として偶像崇拝すべき」
「何を言ってるの、フィニア」
「あ、何でもないですっ!」
怪訝な顔をするイシュタルに、フィニアはブンブンと首を横に振って笑って誤魔化す。そしてフィニアもまたイシュタルへ心配する言葉を向けた。
「何か怪しい人が潜んでいるかもしれないなら、イシュも気を付けてください。私はイシュに何かあったらと、そちらのほうが心配です」
「心配してくれてありがとう。そうだね、私が狙われる可能性もあるだろう。しかし私は自分の身は自分で守れるから……」
イシュタルはひどく真剣な表情でフィニアを見つめ、唐突に「少し話をいいだろうか?」とフィニアへ問う。フィニアは小首を傾げながらも、「はい」と頷いた。
「そうか……ありがとう。しかしここで立って話すと長くなりそうだ。どこかで落ちついて話したいね」
「そ、そうですか? それならば私の部屋にでも……」