不穏な影 29
「今までも考えて無かったわけじゃないんだけど、でも……これからはもっと国のことも考えていかないとね」
フィニアがレジィにそう語り微笑むと、レジィは何か思うような眼差しでフィニアを見つめる。そして少しだけ寂しさを滲ませた笑顔を返した。
「……応援しています、王女様。フィニア様ならきっとこの良い国をより良く、そして平和を継続して築いていける方だと、僕はそう思います。……それは、僕には出来ないことです」
レジィらしい優しい言葉とは裏腹に、付け足されたような最後の言葉と、何か寂しげな感情が含まれていた彼の表情と眼差しが印象に残る。フィニアはそれらを不思議に思いながらも、「ありがとう」と彼の期待に応える意味で頷いた。
「……ねぇ、レジィ」
「フィニア!」
頷いたフィニアがレジィへ何かを問いかけようとした時、彼女を呼ぶ声が前方から聞こえる。フィニアは問いかけを中断し、声の方へと視線を向けた。
「あ、イシュタルっ!」
フィニアが視線を向けると、そこには少し心配した表情をしたイシュタルがいた。彼女は早足にフィニアたちに近づく。
「イシュタル、どうしたの?」
イシュタルの様子を心配したフィニアがそう声をかけると、イシュタルはハッとしたような顔で足を止めて、今度は笑顔となった。
「あぁ、すまない……いや、フィニアを心配していたんだ」
「心配? な、なぜです?」
フィニアが不思議そうな顔で問うと、イシュタルが言葉を返す前にレジィが「あのぅ!」と二人の間に口を挟んだ。
イシュタルとフィニアはそろってレジィへと視線を向ける。レジィは何か緊張した様子でフィニアへとこう言った。
「あの、僕、ここで失礼しますねっ」
「あ、レジィ……いいの?」
彼を部屋まで送り届けようとしていたフィニアだったが、レジィは遠慮してか「はい、もう大丈夫です」と笑顔で手を振る。
「それじゃあフィニア様、それに王子……失礼しますっ!」
レジィはフィニアとイシュタルに深く頭を下げると、それだけ言って逃げるようにその場を立ち去った。
「え、レジィ……っ」
どう見ても部屋とは別方向に走っていったレジィを呼びとめようとしたフィニアだが、物凄い速さで走っていってしまった彼にはもう声も届かず。
「……」
フィニアはどこに走っていったのか不明なレジィを心配したが、しかしもう呼び止めることも不可能であったために、諦めてイシュタルに向き直って話を聞いた。
「あ、イシュ、えっと……な、何だっけ?」
イシュタルもまた物凄い速さで立ち去っていったレジィを呆気にとられた顔で見送っていたが、フィニアが声をかけると意識を彼女へ戻す。心配した自分の様子に驚いていたフィニアに配慮して一旦笑顔を見せたイシュタルだったが、自分が彼女へ声をかけた理由を説明するために口を開くと、再びその表情は険しいものへと変わった。
「聞いたよ、コハク王女が襲われたという話を」
「はっ!」
イシュタルの言葉を聞いて、フィニアも今朝聞いたばかりのその事件のことを思い出す。そして、イシュタルが心配していたということが何かを理解した。
「え、えぇ。私もロットーから聞いて驚きました」
「コハク王女は大丈夫かい? 怪我等は無いと聞いているけども、精神的にはどうなのか心配で……」
続くイシュタルの問いに、しかしフィニアも今朝以降にコハクには会っていないので「わからないです」と首を横に振った。
「部屋で休んでいると聞いてるので……そっとしておいた方がいいかなと思って今朝は会ってはいないんです」
本当はこんな時に嫌われている自分が出向いても、尚更にコハクからの印象と評価を下げるだけだと冷静に悲しい判断をした結果に会ってないのだが、馬鹿正直にそれを伝えることも出来ないのでフィニアはそう説明をする。
一方でイシュタルはそれを聞いて「そうか」と理解した様子で頷いた。