不穏な影 28
「それで……どうして? やっぱり国を守りたいから、とか?」
フィニアは「聞いていい理由なら、聞かせてもらいたいな」と、レジィに微笑みながら聞いた。
レジィはフィニアの笑顔に少し照れた様子を見せながら、戸惑い気味にこう口を開く。
「ええと……正直僕には国を守りたいだとか、そんな立派な理由は無いです。そんなこと王子の前では言えませんけども……」
そう前置きしてから、レジィはフィニアに「王女は他の国の事情、どれくらいご存じでしょうか?」と問う。彼のその問いに、フィニアは少し恥ずかしそうにしながら正直に答えた。
「ごめんなさい、あまり詳しくないんです……私、ずっと城に篭りっきりで、自国のことすらあまり把握していないくらいで……」
「フィニア様は体が弱くてずっとお城で休んでいたって聞いています。きっと今まではご自身のことでいっぱいいっぱいだったのでしょう。それならば外のことに疎くても仕方無いことですよ。それにアザレアは争いも無く平和ですからね、王女が心配するような出来事も少ないのだと思います」
申し訳なさそうに答えるフィニアを気づかうように、レジィは優しくそう言葉を返す。しかし続く言葉を紡ぐ彼の眼差しはどこか寂しげだった。
「平和なのはいいことです。でもウィスタリアでは戦いは普通のことで、それは他の国の多くでも同じことです。国を守りたいとかそんな立派な感情は無くとも、必要に迫られて戦うことを選ばざるを得ないことも多いんです」
レジィの言葉を聞きながら、フィニアはいつかにイシュタルが言っていた言葉を思い出す。彼女もまたフィニアに世の中には争いがあるということを教えてくれた。
レジィの言うとおりアザレアは平和な国だ。かつては戦もあったらしいが、現在は他の国のように他国と戦争をしていることも内部での争いも無い。
だからこそ今こうしてレジィに他国の争いのことを聞いたり、あるいは以前のイシュタルの話を思い出しても、フィニアには戦争がどういうものかを具体的に想像するのはまだ難しかった。
「だって戦わないと自分の居場所が奪われて、無くなってしまうんです。それは恐ろしいことです……だからいやだけど、居場所を守るために戦わないといけないって、そういう人は多いんじゃないかな」
「……レジィもそうなの?」
悲しそうな彼の横顔にフィニアが問うと、レジィは寂しく笑ったがはっきりとは答えなかった。しかしその笑顔と先ほどの彼の言葉から、それが理由なのだろうかとフィニアは思う。
「……」
自身の知らぬ現実を考えさせられ、フィニアの表情は自然を暗くなる。その彼女の表情に気付いてか、レジィはうろたえた表情を見せながらおどけたようにこう言った。
「あ、この国なら羊を飼いながら暮らせますかねっ! いいなー、僕もアザレアに住もうかな! 魔道の国で羊と暮らして隠居する第二の人生もいいかもしれません!」
暗い表情をしていたフィニアを気にしての発言だろう、突然『アザレアで羊飼いとして隠居する』と言いだしたレジィに、フィニアは驚きつつもおかしそうに笑った。
「あははっ、いいんじゃないかな。でもレジィ、まだ若いのに隠居って早すぎないかな」
「えへへ、僕らしくてそっちの方がいいんじゃないかなって。でも本当にアザレアって良い国ですし、出来ることならばこの国でひっそりと暮らしてみたいです」
「ありがとう。この国を良い国って言ってもらえると、本当に嬉しい」
自分の国を褒めてもらえて嬉しいという素直な感情の反面、レジィの言葉に喜ぶフィニアは国を背負う者としては自身が無知すぎることを改めて自覚して反省した。
「……でも、私はずっと平和なこの国に守られて生きて来たんだなって、レジィやイシュタルの話を聞くと思うよ。本当は私が守るべき立場なのにね。だけど平和だから国のこと深く考えなくても、自分のことばかり考えてても大丈夫だったんだ」
フィニアは確かに国を守ってはいるが、日常的な平和に守られていたのは自分の方だとフィニアは思う。平和だからこそ自分は姿の見えない王女として城に篭って好き勝手に研究を行えたのだ。
こんなことをロットーや両親たちに言えばまた心配されるだろうし、自分にはそうせざるを得ない事情があったのだと気遣いの言葉を返されるだろう。しかしレジィはそこまで事情を知らないので、だからこそ彼には気兼ねなく話せる話であった。