不穏な影 27
そう答えながら、イシュタルは考え込むように足を止める。オリヴァートたちも一旦足を止めた。
「お~うじ~?」
ひどく真剣な表情で何かを考え込むイシュタルの顔を、メリネヒが心配した表情で覗き込む。彼女はイシュタルの額に刻まれた皺に指先で触れてこう言った。
「王子、とっても怖い顔してます~。せっかくの美人なお顔が怖いのはいけません~」
「しかしだよ、メリネヒ……またコハク王女や、それにフィニアにもしものことがあれば……」
「んも~、王子ってば考えすぎですよぅ~」
「……あぁ、私の考えすぎであればいいのだけどもね」
『考えすぎ』だと自分の顔を覗き込んでくるメリネヒに苦笑を返しながら、しかしイシュタルは心配する態度を変えなかった。
◇◆◇◆◇◆
ロットーとレジィの謎の手合わせが終わり、フィニアは妙なことに巻き込んでしまったレジィへのお詫びとして彼を部屋に送ることにする。
ロットーは自分の用事があるとかで手合わせが終わるとさっさとどこかに行ってしまったので、フィニアとレジィは二人でのんびりと広い城内を歩いていた。
「それにしてもさぁ、レジィって……やっぱり騎士だったんだね」
「え、えぇ?! どういう意味ですか?!」
唐突に呟かれたフィニアの一言に、レジィは驚いた様子でフィニアを見る。そして次の瞬間には、何故か彼は泣きそうな顔になっていた。
「僕、騎士に見えないほどに頼り無くて弱そうでダメ人間のクズでしたか……? いえ、大体あってるんですけども……」
また自分で自分を卑下して落ち込むレジィに、フィニアは慌てて「いや、そこまでは言ってないよ!」とフォローした。
「そうじゃなくて~、えーとえと……レジィはほら、優しい雰囲気だから戦いとは無縁に見えたというか……だから意外だったなぁって! そーいうこと!」
「そ、そうですか……? まぁ、でも確かにあまり荒事は自分には似合わないと僕も思っています」
穏やかな雰囲気で苦笑するレジィを見ると、やはり戦いとは無縁な人物に見えるとフィニアは思う。
本人もそれは十分に自覚しているようで、レジィは苦笑したまま「自分はもっとのんびりとした職業の方が合っていると思います」と言った。
「僕、本当は田舎でのんびりと羊でも飼いながらひっそり暮らしたいんですよね……」
「あ、私もその方がレジィに合ってると思う!」
「王女様もそう思います? ふふ……」
困ったように、でもちょっと嬉しそうに笑うレジィの姿を見ると、本当に彼は騎士として鎧を着て戦うより田舎で羊飼いをしている方がよっぽど似合うとフィニアは思う。
「……ねぇレジィ、失礼なことを聞いちゃうかもだけど……」
ふとフィニアは気になった疑問をレジィへと問いかけることにする。
「はい、何でしょうか?」
「レジィはなんで騎士をやっているの?」
「な、なんで……ですか?」
突然の問いに驚いたように目を丸くしたレジィを見て、フィニアは慌てて「ごめん、変な意味じゃないの」と付け足す。
「ほら、今『田舎で羊飼いしてたい』って言ってたから……じゃあなんで今、レジィは騎士をしているのかなって、気になって」
「王女様に気にしていただけると嬉しいですね! それって僕に興味を持ってもらっているってことですものね!」
何故かひどく嬉しそうな笑顔となったレジィに、フィニアは苦笑いを浮かべて頷く。