不穏な影 26
「そんなことが……コハク王女は大丈夫なのですか?」
イシュタルはひどく心配した表情でコハクの様子を問う。オリヴァートは「コハク様は大丈夫ですぞ」と、穏やかな口調で答えた。
「今日はお部屋で休んでおりますが……しかし、怪我等は無いようです。マリサナが駆けつけたようで」
「そうか……それならばよかった。しかし、一体なぜそんなことが……」
コハクが無事であることを知って一先ず安堵した様子のイシュタルであったが、しかし何故彼女が襲われたのかという当然の疑問を険しい表情のままで口にした。
しかし何故コハクが襲われたのかは調査中の為に、オリヴァートにも詳しいことはわからない。彼は深く皺の刻まれた老いた顔に、さらなる皺を刻んで首を横に振った。
「まだ詳しいことはわからないのです。ただ、そういうことがあったので王子たちも申し訳ないが用心をお願い致します。勿論王子たちに何事も無いよう、こちらも城の警備を強化するなど致しますがな」
「ありがとう。しかし私たちは自分のことは自分でどうにか出来る。だからコハク王女がまた襲われたりしないよう、そちらを気にかけてほしい」
「えぇ、勿論コハク王女のことも……こちらこそお気づかい感謝致しますぞ、王子。しかし……何を目的としたのか不明ですが、何よりも早く犯人を捕まえるのが一番でしょうな」
オリヴァートは眉間に深い皺を刻んだ表情のまま声のトーンを落としてそう告げた。
「何か心当たりは無いのでしょうか?」
二人のやり取りを聞いていたロザリアがそう口を挟むと、オリヴァートはまた首を横に振る。
「コハク様も襲われることに関しては身に覚えが無いようですし、暗い中で襲われたので襲った人物の特徴もわからんようでしたな」
「そうですか……賊が忍び込んでの犯行の可能性はどうなのでしょう?」
「今朝までに確認した範囲では、城の中が荒らされた形跡は無いようでしたな。そういう意味では、単純に賊が入り込んだというわけでもないのでは……と、そう自分は思うのですぞ」
ロザリアの質問に答えながら、オリヴァートはそう自身の考えを伝える。
オリヴァートのその考えを聞いて、イシュタルも彼に同意のようであった。
「城内が荒らされていないなら、コハク王女を何らかの理由で狙った……そう考える方が自然だね。けれども王女は狙われるような覚えは無いわけだ」
「ならば、あるいは他の者を狙ったと……その可能性もあるのでは?」
イシュタルの言葉を受けて、ロザリアが「周囲が暗くて、相手が襲撃する人物を間違えたとか」と言う。イシュタルは姉の意見になるほどと言った表情で頷いた。
「あぁ、それならコハク王女が身に覚えが無いのもわかるね」
「しかしですな、その場合はその場合でコハク様と誰を間違えたのかという疑問がありますぞ」
オリヴァートの意見に、ロザリアは少々遠慮がちに「フィニア王女と間違えた可能性は?」と返した。
「フィニア様と?」
驚くオリヴァートに、ロザリアは「えぇ」と頷く。姉のその発言を聞き、イシュタルは考える表情で「そうか」と言った。
「フィニアが狙いであったなら、理由は考えられる。私との婚約だ」
「なんと……それは王子とフィニア様の婚約をよく思わないものが存在するということでしょうか?」
驚くオリヴァートの疑問にイシュタルは頷き、そしてこう続けた。
「フィニアとコハク王女は姉妹だし、よく似ているからね。暗闇であれば間違える可能性も高い。フィニアを狙ったのであれば理由も考えられるし……」
「王子とフィニア様がご結婚なさると不都合が生じる者がいる、ということでしょうか……」
「わからないけども……そう考えることも出来るという話だ」