不穏な影 23
また転んでしまったレジィを、今度はフィニアが助け起こす。フィニアが手を掴んで彼を起こすと、レジィは赤い顔のまま「すみません、すみませんっ!」と繰り返した。
「って、ああぁっ! 王女様の手を握っちゃったっ! う、うわあぁあぁ、どうしよう、もう手を洗えない……っ!」
「手くらいで大げさな……いや、ちゃんと手は洗ってね……うん……」
レジィの危ない発言に傍目から見てもわかるくらいに引き気味のフィニアだが、そんな彼女の様子を見ていたロットーはイシュタルを相手にした彼女もまた似たような感じだよな……と、内心で思った。
そしてロットーはひと段落したというふうに大きく息を吐き、改めてフィニアにこう告げる。
「それじゃあ王女、俺の実力は理解してくれました?」
ロットーのその問いかけに、フィニアは視線をレジィからロットーに移す。フィニアは納得いかなそうな顔をしつつも、彼にこう返事を返した。
「うーん……まぁ、ロットーがちゃんと戦えるってのはわかったかな」
「なんかスゲー納得いってない、みたいな顔してますね。何なら王女、直接俺と戦って実力を確認してみます?」
「それは結構です!」
怖い顔した笑顔で迫るロットーに対して、フィニアは大きく首を横に振って拒否する。そんなフィニアを見た後、ロットーはまた疲れたように深く息を吐いた。
ロットーはレジィに視線を移して、彼に苦い笑みを向ける。
「レジィも悪かったな、王女の変な頼みに付きあってもらって」
ロットーがそう言うと、レジィもまた苦笑しながら「いいんですよ!」と大袈裟に首を横に振った。そうして彼の表情は不安げに変わる。
「でも、ロットーさんの実力を王女が確認するための試合……だったんですよね? 僕なんかが相手だったから、あまり参考にならなかったんじゃ……」
レジィは悲しい笑顔を浮かべながら、「ゴミみたいな僕じゃ全然相手にならなかったでしょう」と呟く。
「そうだね、ちょっとレジィじゃ……あ、全然そんなことなかったよ!」
レジィを『ゴミ』だとは全く思っていないが、それ以外の部分でレジィの自虐に同意しそうになったフィニアは、思わず首を縦に振りそうになって苦笑いで誤魔化した。
しかし実際に戦ったロットーの反応は、フィニアとは異なった。
「いや、レジィは本気では無かったよな」
真面目な顔でそう口にするロットーに、レジィとフィニアはそろって目を丸くする。すぐにレジィは大仰な動作を踏まえながら彼の言葉を否定した。
「そんなことないですよ! ロットーさんってば、僕に気を使わなくていいです~」
「そうかな? いや、真面目にそう思ったんだけど……」
一見余裕が無かったように見せて実際にはレジィは本気では無かったと、彼と手合わせをしたロットーが感じた感想はそれであった。
しかしレジィはあくまで先ほどが全力であると主張し、ロットーの見立てを困った笑顔で否定する。
「僕ってば、ホントに全然騎士としての才能が無くて……普段からうまくいかなくて皆の足手まといなんですよ。だから先ほども僕、精一杯でした。少しでもロットーさんが本気で戦えるように頑張ってはみましたけど、このとおり不甲斐無い結果で……」
普段の彼の態度が自信が無く気弱であるので、ロットーの言葉を否定するレジィの態度もただの謙虚に思える。だがロットーは彼を観察するように目を細め、何か考えるように沈黙した。
しばらく無表情にレジィを見つめていたロットーだったが、無言で自分を見つめるロットーに怯えたレジィが「ロットーさん、何でしょう……!」と震えた声を発すると、やっとロットーは表情を緩めて笑みを浮かべる。
「いや……いつかレジィとは本気でやってみたいなって思ってね」
「ひぃ、ロットーさんって怖いこと言いますね! それにさっきの僕、本気で精一杯だったって言ったでしょう~!」
怯えるレジィを横目に、ロットーは「そういうことにしておくよ」と小さく呟いた。
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