不穏な影 22
ロットーもまたレジィのその実力を認識し、彼は蒼い眼差しを鋭く細めて「やるじゃねぇか」と小さく呟く。その表情は予想外のレジィの実力に驚きつつも、僅かな苛立ちを含んでいた。
一方的に攻めているように見えるが、その実レジィには一撃も与えられていない。
レジィに実力が無いと思っていたわけではないが、それでも普段の気弱な態度からロットーがレジィを無意識に格下と見ていた部分は否定できない。そんな相手に決定打どころか、多少なりの一撃さえも与えることが出来ていない事実がロットーを本気にさせた。
「ちょっとは攻めてきてもいいんだぜ、レジィっ!」
激しくぶつかり合う剣撃の中に、ロットーの呼びかける声が重なる。
ロットーの扱う片手剣は軽量な武器ではないが、それでも片手剣から受ける攻撃にしては一撃一撃が重い。そんなロットーの攻撃を捌きながら、レジィは額に汗を滲ませつつ「無理ですよぉ!」と返した。
「も、もう、僕、防御で手いっぱいです~っ!」
「……俺にはそうは見えねぇけどな」
本当に手いっぱいだというように叫ぶレジィに、ロットーは目を細めたまま静かに言葉を返す。そうして彼はもう一撃、振りかぶった剣を振り下ろした。
「っ……!」
大きく振りかぶったロットーの一撃を、初めてレジィは真正面から受け止める。さすがに片手では受け止めきれないと思ったのだろう、刃にもう片方の手を当てて受け止められる一撃は、接触した刃と刃が激しく音を立てて一瞬火花を散らした。
「ロ、ロットーさん、僕を殺そうとしてません……っ?!」
明らかに急所狙いで振り下ろされた一撃に気付き、レジィは受けとめた刃の向こうに見えるロットーに怯えた視線を向ける。ロットーは感情の読めない笑みを口元に浮かべた。
「いやいや、まさかそんな……これはとっても平和的な手合わせだろう?」
「ひどい、絶対今僕を……あっ!」
均衡を保っていた二つの刃だが、唐突にそれは崩される。ロットーが仕掛けた足払いで、レジィはまた間の抜けた声を上げながら体勢を崩した。
「あー、ロットー卑怯ー!」
突然体術を仕掛けてきたロットーを見て、外野のフィニアがそう叫ぶ。ロットーはそれを無視して、バランスを崩し倒れこんだレジィにのしかかった。
「あ、うぅ……」
仰向けに倒れたレジィに首筋に剣の切っ先を向け、ロットーは彼を見下ろしながら「王女、勝負つきましたよ~」とフィニアに声をかけた。
フィニアは不満そうな表情を浮かべながらも、パンッ! と大きく手を叩いて終了の合図を行う。
「卑怯な手も容赦なく使うロットーの勝ち~!」
「王女、卑怯とか言わないでくださいよ。ただの体術でしょう」
レジィを解放したロットーは、彼に手を差し伸べて立つ手伝いをしながらフィニアに文句を返す。
ロットーはレジィを立たたせると剣を仕舞い、小さくため息を吐いてこう言葉を続けた。
「戦いってのは勝てばいーんスよ、勝てば。今のが卑怯な手だって言われるなら、卑怯な手を使ってでも勝たなきゃいけないのが本気の戦いですよ、王女。そもそも体術だって戦いには必要ですからね」
「えぇー、そういうもの?」
ロットーの言い分に納得いかなそうなフィニアは、レジィに駆け寄ると「大丈夫?」と心配そうに問う。レジィは照れたように頭を掻きながら「大丈夫です~」と返した。
「ごめんねレジィ、ロットーってばあんなこと言ってるけどさ、ひどい勝ち方だよね~」
「いいえ、ロットーさんは別にひどい勝ち方はしてないですよ。体術が大事なのはその通りですし、実際の戦場ではどんな手を使ってでも勝てないと自分の命が危ないですから……今回はただ僕が力不足だっただけです」
笑いながら答えたレジィは「いてて」と小さく呟き、フィニアは「どこか怪我したの?」と彼の顔を覗き込む。フィニアの顔が間近に迫った為かレジィは顔を赤くして勢いよく飛び退き、その勢いでまた仰向けに転んだ。
「うわあぁっ!」
「レジィ、大丈夫?!」




