不穏な影 20
青天の空の下で、ロットーは剣を手にしながら立ち尽くしていた。彼が今立つのは城の中庭である。
晴れやかな空の下ではあるが気温は高くなく、涼しげな風が時折ロットーの肌を掠めていく。空を見上げれば突き抜けるような美しい蒼が広がり、こんな空の下では出来れば昼寝でもしていたいなと彼は思いながら溜息を吐く。
心地よいシチュエーションだというのに、何故彼は憂鬱そうに空を見上げて溜息を吐いているかと言えば……
「ああああ、あの、ロットーさん、よろしくお願い、しますっ!」
緊張した挨拶の声が聞こえて、ロットーは視線を前方へと戻す。
ロットーが声の主へ視線を向けると、目の前には緊張した様子で立つレジィの姿があった。その腰には剣が携えられている。
「あ、うん……よろしく。まぁ、お手柔らかに……」
ド緊張している様子のレジィに対して、ロットーは苦笑いを浮かべながらそう言葉を返す。
何故今二人はこうして中庭で武装して向き合っているのかというと、それは勿論先ほどのフィニアの思いつきが原因であった。
「わーい、二人とも頑張って~! 怪我しないようにね~!」
その思いつきの発案者の声が傍から聞こえて、ロットーは恨めしそうにフィニアの方へと視線を向ける。
一方でレジィは緊張と嬉しさが入り混じったような複雑な笑顔で、「頑張りますっ!」と裏返る声でフィニアに返事を返していた。
「はぁ~……なんで俺がこんなこと……めんどくさっ」
再度大きな溜息を吐きながらそう文句を呟いたロットーは、ここにこうして立つまでに至った出来事を思い出す。
自分の実力を確かめたいだとかで腕試しの試合を望んだフィニアを追いかけて彼女と城内をうろうろしていたら、たまたまレジィと出くわした結果に『あ、レジィでいいや』というフィニアの一言でレジィと自分の腕試し的な試合が決まったのが数分前。
「可哀想だ……可哀想すぎるな、俺……」
考え無しで自由な主を持つと無駄に労力を消費することになるなと、ロットーは呟きながら思う。
そして自分も可哀想だが、突然に巻き込まれたレジィも気の毒だよな……と、ロットーはレジィを眺めた。
「はー、緊張します……でも、うん、応援してもらったら頑張らないとっ!」
しかしあからさまに面倒くさそうな態度のロットーとは反対に、『あ、レジィでいいや』という軽い扱いで試合に巻き込まれたレジィは、フィニアに良いところを見せたいとでも思っているのか緊張しつつもやる気十分で気合を入れていた。
「でもでも、相手はロットーさんですよね……! 王女の護衛を務める方……! ああぁあ、俺なんかが相手になるのか……」
気合を入れたかと思えばまた急に不安げな表情で怯える情緒不安定なレジィに、ロットーは「大丈夫ですよ」と声をかけた。
「あくまで手合わせ的なものらしいし……俺も本気ではやらないよ」
しかしロットーがそう言っても、レジィの表情は不安げなままだった。
「だけど……僕、そんな強くないですし……あぁ、フィニア王女、がっかりするだろうな……うぅ、カッコワルイところを見せることになってしまうなんて……!」
「え、今頑張るって言ってたのにもう諦めてるの? おいおい……」
たった今『応援してもらったら頑張らないとっ!』と言っていたのに、次の瞬間には落ち込んでいるレジィの情緒不安定さに驚かされながら、ロットーはとりあえず愛用の片手剣を構えた。
「あぁ、ロットーさん、もう始めるんですか?!」
ロットーが剣を構えたのを見て、レジィも慌てながら片手で扱える長さの騎士剣を構える。しかしレジィは涙目だししっかりと構えられていないしで、その彼の様子はフィニアですら心配する有様だった。
「あわわ、レジィ大丈夫かな……まるでこれは対峙するうさぎとドラゴンの図! たまたま見かけたから『レジィでいいや』なんて言っちゃったけど、これは勝負にならないんじゃ!」
無責任にレジィを巻き込んでおいて酷いことを言うフィニアだが、幸いフィニアの酷い言葉はレジィには聞こえていなかった。
「で、王女、始めていいんスか?」
ロットーは剣を構えたまま、少し離れた場所で自分たちの様子を見守っているフィニアに声をかける。フィニアはハッとした表情をしてロットーとレジィを交互に見て、そして返事を返した。