不穏な影 14
マリサナの説明を聞くコハクの様子は、傍目からは落ちついているように見えた。顔色は悪いが、しかし取り乱す様子も無く、マリサナの問いかけ等に受け答えをしている。
「……」
けれども長くコハクの傍に仕えているマリサナなので、コハクが無理をしているのはすぐに理解出来た。
マリサナは『大丈夫』と答えたコハクの肩をそっと抱き寄せる。マリサナの手に触れた少女の小さな肩は僅かに震えていた。
「申し訳ありません、お傍に居てあなたをお守りするのが私の役目なのに……」
自分の手に感じる震えから、コハクを危険な目にあわせてしまったことをマリサナはひどく後悔する。
マリサナの後悔の言葉に、コハクは彼女の胸に顔を埋めながら小さく首を横に振った。
「いいえ、あなたはこうして助けてくださったわ……ありがとうございます……」
「コハク様……」
まだ小さく震える手で、コハクはマリサナの服を掴む。マリサナは無言で肩を抱く手に力を込めた。
◇◆◇
翌朝の城内は普段通りに見えて、しかし普段を知る者たちには少し騒然とした雰囲気に感じ取れた。
また、普段よりも城内の警備の兵が多いようにも見える。
これらの原因は当然、昨夜のコハクが襲われた出来事であろう。
「え?! コハクが誰かに襲われそうになった?!」
「らしいです」
身支度を終えたフィニアは、自室にて昨夜コハクに起きた出来事の報告をロットーから聞く。
大事な妹が襲われた……と、その言葉だけでフィニアはひどく取り乱し、蒼白な顔色でうろたえた。
「だ、誰だよコハクを酷い目に合わせたやつは……! にいちゃん許さないぞ!」
「マリサナが駆けつけたら犯人逃げちゃったんで、誰に襲われたかはわからないらしいです。いやー、物騒ですねぇ」
「いやー、物騒ですねぇ……って、そんな暢気なこと言ってる場合じゃないだろ! コハク、大丈夫なの?!」
「怪我とかは無いらしいですよ。でも今日はお部屋で休んでるそうです」
「そ、そう……」
コハクに怪我は無いと、それを聞いて少しだけフィニアは安堵する。しかし一体誰が何の目的で妹を……と、当然それが気になる。
「なんでコハクが襲われたんだろう……可愛いからか?!」
「まぁ可愛いでしょうけど、そんな理由では襲わないんじゃ……やっぱりお姫様だからじゃないです? あ、フィニア様も一応気を付けてくださいね。俺、フィニア様から目を離すなって命令されちゃったし」
「え、えぇ……? 俺って襲われるほど可愛い?」
「気持ち悪いこと言わないでください、物理的に口を塞ぎますよ」
「怖い! なんでダークサイドみたいなこと言うの!? はっ……もしやコハクを襲った犯人はロットーだな!」
「……」
「ぎゃああああぁ、ロットーなんで俺に無言で剣を向けるの~!? ダークサイドに堕ちたロットー怖い~!」
二人が部屋で騒いでいると、「失礼致します」とドアの向こうで年配の女性の声がする。フィニアが返事の代わりに「助けて!」と叫ぶと、慌てた様子でメイド長がドアを開けた。
「フィニア様、どうかなさいましたか?!」
「助けて、ロットーに殺される!」
慌てた様子のメイド長だったが、フィニアとロットーの様子を見て一目で何があったかを理解して、いつもの落ちつきを取り戻す。
メイド長は軽く咳払いをすると、二人に「おふざけはそれくらいにしてください」と注意を告げた。