不穏な影 10
(あぁ、でも……確かに自分はコハク王女の言葉に嬉しいと感じた……)
自分の手に母親の影を感じたとコハクが言った時、驚いたと同時に嬉しいとも感じた。それは嘘偽り無い、直観的に感じた素直な思いであった。
それを認めてしまえば、やはり自分は女性として生きたいと……そう思っているのだろうか。
自分が本当に男性であったならばと、何度もそう思うことも確かにあった。一方で自分は女性である自分も捨てることが出来ない。
「……」
「王子? どうかなさいました?」
難しい顔をして悩んでいたのだろう、気が付くとコハクがひどく心配そうな顔をして自分の顔を覗き込んでいることにイシュタルは気が付く。
「あ、あぁ……いや、ごめん」
「王子、とても悲しい顔をしていました……。そういえば王子は何故眠れずに散歩をなさっていたのでしょう?」
イシュタルの表情から何か余程の悩みがあるのだと察したコハクは、そうイシュタルへと問いかける。
「勿論、お話出来ないことでしたら無理には聞こうとは思いませんが……でも、お一人で悩むよりはお話するほうが頭が整理出来ることもありますわ」
先ほどの自分がそうであったように、誰かに悩み事を打ち明けることは自身の心の整理にも繋がる。
コハクはイシュタルに配慮しながらも、そう彼女へと聞いた。
イシュタルは少し悩んだように曖昧な笑みをコハクに返してから、口を開く。
「そう、だね……私も、結婚することに悩んでいてね」
「あぁ、やはり王子も……」
「いや、フィニアが嫌いでは無いんだ。むしろ……フィニアのような姫には初めて会ってね、彼女と一緒にいるととても楽しいよ」
「……姉は確かに変わっていますからね」
苦笑いと共にそう呟いたコハクだが、フィニアについて語るそれに普段のような刺々しい感情は含まれていない。それがわかったからこそ、イシュタルもおかしそうに笑顔で頷いた。
「とても変わっているね。王女らしくない自由さは、フィニアのいいところだと思うよ」
「姉が聞いたら喜ぶと思いますわ……ちょっと私は複雑ですけれども」
やはり苦笑いを返すコハクを横目で見ながら、イシュタルは言葉を続ける。
「正直、フィニアには心惹かれる部分が多い。しかし……私では君のお姉さんを幸せには出来ないと思うんだ」
まさか自分が女性であるとも言えず、イシュタルはそんな表現で自身の悩みをコハクへと伝えた。
するとコハクは驚いたような表情を浮かべて、直後に何故かおかしそうに笑う。
「お、王女?」
突然笑いだしたコハクにイシュタルが困惑を示すと、コハクは「すみません」とイシュタルに返した。
「ごめんなさい、おかしくて……だって王子と姉が似ているから、つい」
「似ている?」
「だって……私、言ったでしょう? お姉様じゃ王子を幸せには出来ないと思うって。そうしたら、王子も同じことを言うから」
「あ、そう言えば……」