不穏な影 9
自分がフィニアに辛く当たる理由を一つずつ考えながら誰かに話していくのは、自分の心の整理の為に必要であるのだろうとコハクは理解した。
そしてイシュタルが自身に心の整理をさせながら姉妹の関係を聞こうとしているのがわかるくらいには、コハクは賢かった。
「幼いころは尊敬が大きかったです。でも今は嫉妬の感情の方が多い……色々と私も理解出来る歳になりましたから。世の中のことがわかってくると、姉への尊敬よりも姉に劣る自分に腹が立つようになってしまって……情けないとは、思います」
時に嫉妬していることすら認めたくないくらいに、フィニアという存在はコハクには大きなものだ。
きっとその嫉妬の感情を含めて全てを認められたならば、自分はもう少し大人になれるのだろうと、コハクは独白のような言葉を重ねながら思った。
「私、基本的にとてもお子様なのです。父や母やマリサナたちは私を歳のわりにしっかりしているとよく評しますけども、私は私が子どもだって思っています。私と姉の関係については、私の幼稚な感情が原因……それで王子にも心配をかけてしまっているようで……本当に自分が子どもすぎて嫌になってしまいますねっ」
自嘲気味に笑ってそう言うコハクに、イシュタルは優しく目を細めて彼女の頭にそっと手を乗せて桃色の髪を絡ませぬように優しく撫でた。
突然にイシュタルに頭を撫でられてコハクは驚いた顔をする。彼女のその顔を見て、イシュタルもまた目を丸くした後に慌てて手を退ける。
「ご、ごめん。なんだか突然……」
苦笑と共に慌てるイシュタルを見て、コハクは驚いた表情から微笑みに変えて首を横に振る。
「いいえ、驚きましたけども……いやではありませんでしたわ。ただ、思ったよりも王子の手が小さく感じて、それに驚いただけです」
「そ、そう?」
「えぇ。勇敢な騎士様の手はもっとこう……やはり毎日戦いや訓練をしているのですから武骨なものかと思っていたのですが、王子の手はそうじゃなくて……すごく華奢な感じで、まるでお母様みたいだったので」
そう言った後に、コハクはまた驚くイシュタルを見て慌てて言葉を付け足す。
「いやですわ、私ったら……イシュタル王子の手をお母様みたいだなんて。ご気分を害されたなら申し訳ありません。綺麗だって、そう伝えたかっただけです」
イシュタルが驚いた理由を、女性の手に似ていると言ったことが何か気に触ってしまったのかと、そう思ったコハクは申し訳なさそうにイシュタルに謝罪する。
しかしイシュタルは首を横に振って、「いや、いいんだ」とまた目を細めて微笑んだ。
「嬉しいよ」
自分の手は、やはり女性にしては少々繊細さが感じられないものだとイシュタルは思う。そんな自身の手を撫でながら、イシュタルは小さくそう呟いた。
そうして本当の自分はどうしたいのか……と、その悩みを思い出す。
男性にしては小さな自分の手は、しかし女性にしては毎日の訓練で繊細さなど無く荒れていると思う。
しかしコハクに指摘されたように、いくらそう繕っても自分の体は男性にはなりきれないのだ。
結局自分は男性にはなれず、けれども女性でいることも出来ない。こんな半端な自分が将来の伴侶を見つけるなど、今回の出来事があるまで考えたことすらなかった。