不穏な影 8
イシュタルのその言葉に、コハクは不安な表情を驚きに変えてイシュタルを見上げた。そしてすぐに少し照れた様子で「別に、そんなに気にかけているわけではありません」と小さく呟く。
「ただ、その……えぇ、頼りない姉ですから、多少は心配してしまうんです。ただそれだけですわっ」
「そうか」
なぜかクスクスとおかしそうに笑うイシュタルを見て、コハクは「お、王子……」と困ったように呟いた。
「もう……王子は少しいじわるですね。普段はとてもお優しい方ですのに……意外な一面を見てしまいました」
「ふふ、私も普通の人だからね。でもいじわるを言うつもりはなかったんだ、ごめん」
「いいえ、私も今、少しだけいじわるなことを言ってしまいましたわ」
イシュタルとコハクは互いにそんな言葉を返しあって、そして少しおかしそうに笑う。
王族らしい振舞いなど必要なく育ったフィニアと違い、二人は外交の多い王族であるが故に上辺だけを取り繕って語り合う術を自然と身につけてしまっていた。
だから今までの会話もどことなく遠慮した部分があったが、しかし今はお互いに少しだけ本心を交えて語り合えた気がしたのだった。
少しだけ笑いあった後、コハクは不意にまた表情を真面目なものへと変えて、こうイシュタルに問いかける。
「……ねぇ、王子。王子は私がいじわるだと思います?」
「え? 急に……どうしたんだい?」
困らせる質問をしたと、コハクも自覚があるのだろう。困惑するイシュタルの反応を見て、コハクは苦笑しながら「突然すみません」と告げた。
「時々マリサナたちに言われるのです、私はお姉様に私は厳しすぎるって……。私もそう思います。えぇ、わかってるんです。けれども……今更どうしたら姉に優しく接することが出来るのかもよくわかりません……」
独白のようなコハクの言葉を聞き、イシュタルは少しの沈黙の後にこうコハクへと問う。
「王女は、フィニアのことが嫌い?」
「い、いいえ?!」
はっきりと『嫌いか』を問うイシュタルに少し驚きながら、コハクは反射的に首を横に振った。そんな反応を返した後、やはり少し苦い笑みを浮かべてイシュタルに「やはり少しいじわるですわ」と呟いた。
「あぁ、いじわるだったね、今のは。申し訳ない」
素直にそう”意地悪”を認めたイシュタルに、コハクも困ったような笑顔のままで、また首を横に振った。
「いいえ……でも、そうですね。えぇ、私も姉様が嫌いでは無いのです。それは、そうなんです……むしろ私は……姉を尊敬しています……」
「そうなんだ」
「えぇ。尊敬しているから、嫉妬して……辛く当ってしまうんです」