不穏な影 7
「えっと……コハク王女は私とお姉さんの結婚が心配なのかな?」
俯いてしまったコハクに対して、イシュタルも困った表情を浮かべながらも優しく問う。するとコハクは顔を上げ、「えぇ」と素直に頷いた。
「それはどうしてだい?」
「お伝えしたように、合わないかもしれないから……です」
「ふむ……」
はっきりとは心配の原因を伝えられないコハクは、もどかしい気持ちになちながらそうイシュタルへと言葉を返す。一方でイシュタルは穏やかに微笑みながら、コハクへとこう返事をした。
「他人だからね。確かに合わないこともあるかもしれない。でも、私はフィニアとは相性がいいと思っているよ」
「そ、それはあに……いえ、姉と結婚するつもりだということでしょうか?!」
「う、う~ん……」
ちょうど今どうしたらいいのかと悩んでいたことを問われて、イシュタルはひどく困った様子で苦笑いを浮かべた。
「それは、ええと……もう少しフィニアと話して決めようと思っていて……」
「王子、姉はどう言っているのでしょうか?」
不意にコハクに言葉をさえぎられるように問われて、イシュタルは「何がだい?」と首を傾げる。
「王子との結婚です……姉は、する気でいるのでしょうか……?」
どこか不安そうに問うコハクに、イシュタルは「それはお姉さんに直接聞いてみるべきじゃないかな」と答えた。
「そ、それはわかっているのですが……」
戸惑うような様子を見せるコハクを見て、やはりどこかコハクはフィニアに遠慮か、あるいは苦手意識を持っているのだろうとイシュタルは思った。
するとコハクは驚くことを呟き、イシュタルをまた戸惑わせる。
「私は……姉が王子と結婚する気でいるのなら……姉を本当に嫌いになってしまうかもしれません」
「え?」
コハクはひどく真剣な表情で戸惑い驚くイシュタルを見つめた。
「だって、姉では王子を幸せに出来ないと……そう思うのです。姉もそれを理解しているはず……それでも結婚すると言うなら、反対はしないけど……でも、姉のことを軽蔑してしまいます……」
「コハク王女……」
「でも、姉を責めるわけじゃないのです。だって、なぜ姉が王子を幸せに出来ないかと、その理由を私は王子には伝えられない。その……姉も同じでしょう……王子に伝えられないことがあることを知っています。姉の気持ちもわかるから……責めることは出来ないのだけど……だけど、だけども……っ!」
どうしたらいいのかと悩む気持ちが先走り、興奮して泣きそうな顔をするコハクを見て、イシュタルはひとまず「落ちついて、王女」と声をかけた。
「王子……」
「うーん、よくわからないのだけど……なぜフィニアじゃ私を幸せに出来ないと?」
「だ、だからそれは……言えないのですけども……」
「そう……」
「あの、ごめんなさいっ! 王子を混乱させるつもりはなかったのですが……っ」
コハクは歳のわりにはしっかりしているが、やはり感情が先走るような歳相応の幼い部分がある。心配のあまり思わず発言してしまった自分の言葉が、不要な心配をイシュタルに植え付けるものであったと気付いたのはたった今のことであった。
「ごめんなさい……でも姉のこと思うと、きっと言っちゃダメなんだろうなって……そう思うんです」
イシュタルがフィニアの真実を知ることになるのかは、コハクにはわからない。しかし、もし知ることになるとしたらそれは第三者の自分では無く、フィニア自身の口からイシュタルに伝わるべきであろうとコハクは思う。
そしてそんなコハクの思いをなんとなく感じ取ったのか、イシュタルはまた優しく微笑んで「わかりました」とコハクに告げる。
「よくわからないけれども……コハク王女が心配することを、無理に聞こうとは思いません。それよりも私は、私が思う以上にコハク王女がフィニアのことを気にかけているようだと、それを知れてよかったと思いました」