不穏な影 6
だが自己の分析は出来れど、漠然とした不安を解決する答えは見つからない。
「……ふぅ。こんなところで一人で色々と考えていても、気分が暗くなるだけだな」
イシュタルは不意にそう呟くと、腰かけていたベッドから立ち上がる。そして体型を隠すための厚手の外套を羽織り、気分転換でもしようと静かに部屋を出ていった。
◇◆◇
薄く甘い花の香りが夜風に舞う中、イシュタルは城の中庭を静かに散歩していた。
おもむろに空を見上げれば薄蒼い色の月が煌々と輝き、星も無数に煌めいている。美しい夜空であると思ったが、しかしイシュタルの気分はいまいち晴れなかった。
「あら、王子」
「え? あぁ、コハク王女ではありませんか」
突然声をかけられて視線を声のほうに向けると、小柄なフィニアよりもさらに小柄で少女らしいコハクが、可愛らしい桃色の外套を羽織って夜の中庭に佇んでいた。
「王女、どうしました? こんな夜に一人では危険ですよ」
「この城のことは知り尽くしていますので、私にとってはそんなに危険ではありませんわ。王子のほうが勝手を知らぬ城ですから……夜をお一人で散歩は危険ですよ」
「あぁ……確かにそうかもしれないね」
コハクの言葉に困ったように笑ったイシュタルは、「ならば部屋に戻った方が良いかな」と独り言のように呟く。
「いいえ、大丈夫です。だって、今言いましたでしょう? 私は城のことを知り尽くしておりますから」
「うん?」
「つまり、私と一緒でしたら夜のお城も安心、と言うことですわ」
コハクはそう言うと歳相応の幼さを滲ませながら、イシュタルに向けて悪戯っぽく笑う。彼女のその言葉にイシュタルは驚いたように目を見開いたが、こちらも思わず笑みを漏らした。
「参ったな。コハク王女は本当に……敵わないね」
「どういう意味ですか?」
コハクはイシュタルの傍に寄りながら、少し眉をしかめて問いかける。イシュタルは曖昧に笑って、彼女の問いを誤魔化した。
誤魔化しながら、イシュタルは自分の傍に立ったコハクへと再び問いを向ける。
「それで……先ほどの質問を繰り返すようですが、コハク王女はこんな夜にどうしたのです?」
「えぇ、少しだけ眠れなかったので……そういう日はこうして外を散歩するのです」
「あぁ……」
コハクの言葉を聞き、イシュタルは静かに頷く。
「私も同じです。少し眠れなくて……」
「あら、そうでしたか。でしたら王子、少し私とお話をしませんか?」
「はなし?」
「えぇ」
愛らしく微笑むコハクに、断る理由も無いイシュタルは「かまいません」と微笑みを返した。
「ありがとうございます」
「それで、何を話しましょう」
「それは……」
微笑んでいたコハクは、突然に表情を困ったようなものへと変える。そして何か口ごもる様子を一瞬だけ見せ、イシュタルが疑問に思い口を開きかけた時、コハクからまた口を開いた。
「王子は、本当に……姉と結婚なさるおつもりでしょうか?」
「え?」
思いもよらないことを問われた気がして、イシュタルは目を丸くする。コハクは彼女の反応を気にせず、言葉を続けた。
「王子と姉の結婚を……その、反対するわけではないのですが……」
この場にフィニアやロットーたちが居たら、コハクのこの言葉は意外だと驚かれるかもしれない。そう、コハクは頭から姉と王子の結婚を否定しているわけではないのだった。
しかし賛成しているわけでもない。姉の真実を知る彼女なりに、姉と王子の未来を考えると忠告をした方がいいのでは……と、そんな考えが頭にちらつく。
コハクは迷う眼差しで、真剣な眼差しを向けてくるイシュタルを見返した。
「しかし、結婚はよく考えられた方がいいと思います。その……姉は王子とは合わない、かもしれませんので……」
「あわない、とは?」
「え、ええと……」
怪訝そうに、しかし責める様子は一切無く、優しく問い返すイシュタルに、コハクもはっきりとは忠告する理由を告げられずに俯いてしまう。