不穏な影 5
フィニアの想いを茶化すわけではなく、ただただ純粋に興味深そうな様子でセーレは呟く。そんなセーレの態度がまた何か恥ずかしくて、フィニアは赤い顔のまま困惑した。
「……まぁ、よい。フィニアよ、我々はお前に呼ばれてから今までお前を見守ってきて、お前に大変興味を持った。お前がどんな選択をし、最後に我らに何を願うのか……今の我々はそれに大変興味がある」
「な、なにそれ……」
自分の唐突な言葉に思わず不安げな顔をしたフィニアに、セーレは妙に人間臭い微笑みを浮かべた。
「そう不安そうな顔をするな。我々のこの興味は、人で言う好意的な意味でのそれだ。フィニア……お前が望めば我々はお前の望みを叶えられる範囲で叶えよう。それが我々を召喚したお前の権利であるのだから。お前が最後に何を望むのかは……また、聞かせてもらおう。決断のその時に、な」
それだけ言うとセーレは姿を消す。また一人となったフィニアは思い悩む表情でしばらくの間、セーレが消えた空中をぼんやりと眺めていた。
◇◆◇◆◇◆
フィニアが眠れぬ夜を過ごしている頃、イシュタルもまた滞在のために用意された部屋で同じく眠れぬ夜を過ごしていた。
眠れぬ理由は様々だが、一番は胸中に渦巻く漠然とした不安が原因である。
少々強引な母のすすめもあって断り切れずにはじめてしまったこのお見合いだが、その結果に多くの人々を心配させている。
それは初めからわかっていたことではあったが、元々の出生で周囲に迷惑をかけていると思っているイシュタルには、さらに心配をかけてしまっている現状に心苦しさが募っていた。
(私は一体……どうしたいのだろうか)
このお見合いを穏便に終わらせたい。しかしフィニアには別の人と幸せになってもらいたい。
漠然と自分が考える願いはそれだ。しかし、本当の願いはそれであろうか?
長く自分は、様々なものを偽りながら生きてきた。周囲はもちろん、自分の感情をも全て偽り、ウィスタリアという大国に生まれた王子として理想となるよう生きてきた。
自分がいわゆる”良い子”であるということをイシュタルは理解している。
生まれた時から迷惑を――周囲はそんなふうに思ってはいないのかもしれないが――かけてきた自分だから、これ以上の迷惑をかけぬようにと、偉大なる国・ウィスタリアの王子として模範的な人物となるよう努力してきた。
清く、正しく、正義を貫く騎士として作って来た自分は、周囲にはイシュタルの努力通りの”良き王子”に映っているであろう。
しかしそれはイシュタル自身が思う理想を、自分の感情を無視して偽り身に纏った結果だ。
常に高貴なる騎士として、戦場で仲間を守り戦を勝利へと導くよう剣を振るう自分は、一方で見方を変えれば敵対する者の命を奪う穢れた存在でもある。
国を守るためと、そう信念の元に戦う時、自分が剣を振るう相手は同じ赤い血の流れる人なのだ。しかし自分はそれを理解しながら、戦場に立つことをやめないし、これからも剣を振るい続けるであろう。
なぜならそれだけが唯一、自分の存在意義を示せる行為であるからだ。
世間では女性ではなく男性である自分は、ウィスタリア王家の血を引きながらも王位継承権は無い。
そのこと自体を嘆くことは無いが、ならば自分はなぜ存在しているのだろうと、そう思うことが時々あった。
その不安を伴う疑問を払拭するため、ウィスタリア国に必要な理想の騎士である王子として、自分の居場所を作っているのである。
それら全てを理解しているからこそ、イシュタルは自分が世間が思うような高貴な存在ではないと、自分を評価していた。
周囲の人々は国の為にとひたすらに剣の腕を磨き、盾を掲げて守りの剣を振るう自分を称賛して『理想的な騎士』と評価している。
だが本当の自分はもっと醜悪な、欲深い人間らしい感情を持った存在である。ただ唯一の自分の居場所を作る為に、献身する騎士という自分を世間に見せているだけにすぎない。その為なら人の命も無情に、躊躇わずに奪うことが出来る。
こんな自分が清く正しい存在であるなどと、笑い話だとイシュタルは自嘲した。
(はっきりと認めてしまえば……私は国民に必要とされたいが為に、強く正しい正義を演じているだけなんだ。その為ならば人殺しも出来る)
もっと自分の感情に素直になれば、自由に女性として生きたいとも思う。
だけどウィスタリア王家の人間として、自分も他の家族たちのように国民に必要とされたい思いも強い。
それらの承認欲求と周囲に迷惑をかけたくないという思いが合わさった結果に、自分は素直な感情は捨てて理想を演じて偽ることを選択した。
そうすれば少なくともウィスタリアの騎士としての居場所が作れるし、理想的な王子として称賛と共に国民に自分は必要とさせるのだから。
自分には世間の良き理想を実現させるための努力の結果に、偽りが多くなっている。
ならば今現在に漠然と思う”願い”もまた、素直な自分の想いでは無いのだろうと……イシュタルは眠れぬ夜の静寂の中で自己を分析していた。