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転生の七 クリスマス終了のお知らせ

 転生した世界にも、冬はやってくる。

 むろん前世の日本のように、春夏秋冬がはっきりと分かる地域が然程あるわけではないが――。



 灰色の空からしんしんと雪が舞い落ちてくる中を、(ベア)子と呉羽は二人並んで夕刻の街を、仲間たちの待つ宿へと歩みを進めていた。

 とある事情で、せっかく建ててそれなりに居心地も良くなってきていた仮設ギルドハウスが周辺の荒野もろとも国家に接収されるという憂き目にあったために、しばらく腰を落ち着ける場所をということで少々手痛い出費ではあったが旅館を一棟借り上げ、住まいとして確保したのである。

 なお、接収とはいえ、それは公的にというか表向きの話で、実際にはそれなりの交渉の後、ある程度の財貨と多少の便宜を図って貰っての事であった。

それは溜め込んだ素材やら作成したアイテム等を、市価よりも若干高値で引き取ってもらったり、各種職能ギルドに対しての融通をきいてもらうことだったりと、彼ら的にも国側にも非常に有意義な取引となった。

そのあたりの紆余曲折は別の講釈で語るとして、今現在、彼らはブルディガラと呼ばれる都市を仮の拠点とし、ぼちぼちとした活動を行なっているのである。

 そんなこんなでこの近郊で狩りをした成果を売りさばき、なんとはなしに話をしつつ、家路についた二人であった。


「寒いねー、いやマジで。んでもさ――」

「ほんと、寒いわね。でも――」


頬を赤く染めて白い息を吐き出しながら、二人は異口同音に口にした。


「クリスマスが無いってだけで、寒さが堪えないわww」✕2


非常ににこやかな表情で、二人は本心からの思いを吐露した。

前世ならば、年末のクリスマスシーズンにはshit団活動に勤しんでいた事だろう。

しかしこの世界には同様の宗教的祭日は無く、独り身の者達にとっては殊の外うれしい事実であった。


「いやーそれはともかく、アマクニのじーちゃんてば、リアルでも超高品質な武器打てるのなー。さっきの店の人、ウチの小剣(ショートソード)見て眼の色変えてたよ?」

「大量に作って売りさばけばそれなりの儲けにはなるだろうけれど、止めておくべきね。どうせ売り捌くなら消耗品、それも出来れば他所が真似できないようなやつを、ね」


 熊子は短絡的に自身の持つアマクニ謹製の小剣が、製作者曰く「やっつけ」の品質であるにも関わらず、先程呉羽とともに訪れた出先においてかなりの値段で買取を示唆されたために、それを商えばいいのではと口にしていたのだ。

 同行していた呉羽がやんわりと、熊子の持つ小剣が身内の形見のようなものだと、実情を知っている者が聞いたとしても勘違いしそうな口ぶりで話したために、有耶無耶となって本題の取引を終えることができたわけなのである。

 若干首をひねりながらも鍛冶職人としてのアマクニの腕前を実感できた熊子であるのだが、ではなぜそれを全面に押し出して商売を行わないのか、と疑問を呈した。


「売れるんなら売っちゃえばよくね?きっと売れまくりじゃね?やっつけでアレなら、気合入れて作ったやつならさ」

「そうね、さぞかし売れるでしょう。そうね、下手をするとそれにしか手が回らなくなるくらいに」


 どこを見つめるとは無しに視線を向ける呉羽に、熊子は訝しげに首をひねる。

 そんな熊子に、呉羽は苦笑しつつ口を開いた。


「私たちは、この世界では異邦人よ。種族云々の話では無くてね」

「どゆこと?」


 呉羽の言葉に更に首を捻る熊子である。


「そうねぇ。昔の話(前世)で例えるなら、ユダヤの商人とか、ね」

「ん?ああ、なーる」


 社会的少数派(マイノリティ)は、時と場合によって迫害の対象となりうる。

 過去、ヨーロッパにおいてユダヤ人への迫害は、公然と行われていたのだ。

 迫害されたがゆえに就ける職は限られ、限られた職種は蔑みのさらなる悪化を促進し、それで得た財貨を自身の才覚のみで増やしたとしても、それすら悪し様に罵られる様になるほどに。

 ベニスの商人などは、その例えの最たるモノの一つではなかろうか。 


「武器を売る事自体は普通なら問題無いわ。ただ、それが出自も何もよくわからない私達が大々的に行うのはリスクが大きいと思うのよ」

「あー、武器商人とか、高利貸しとどっちがアレよって言われたらたしかにねー」


 一本や二本ならばともかく、大規模に売買ともなれば、いろいろなしがらみが増えるのは間違いなく、それは自ずと自分たちの行動に足枷となって絡みつくであろうことは明白である。


「国の庇護下に組み込まれる可能性、無いとはいえないわね」

「あー、ねーちん来た時にそうなってたら色々まずいかも」


 大量のレアアイテムやら超絶威力の魔法武器、それに何よりギルドハウス自体の存在もそうだ。

 アレがこの世界に来た場合、おそらくは強力無比な魔道兵器として扱われるだろう事は想像に難くない。

 そしてその持ち主である自分たちが、どこかの国家に所属していれば、その国家の上層部は間違いなくそれを確保しに動くだろう。


「ええ、だから私たちは出来る限り独立独歩の姿勢を崩さないようにした上で、敵を出来るだけ作らない、若しくは敵対するにはリスクが大きすぎる存在だと理解させておかなければいけないんじゃないかしらと」

「角ねーちんも色々考えてんのなー。ウチに限らず他の面子なんて、ほっといたら何しでかすやら」


 熊子の言葉に苦笑する呉羽だが、実際放置していたら色々と拙い行動をとっていた者もいたであろう。中には何も考えずに狩った獲物を引きずって街の中に入ろうとしたバカもいた例もある。

 ごく一般的な採取物ならばともかく、通常の狩りでは得られないようなレア物――ゲーム時代においてはたいした品ではなかったが――の素材を売りさばくのも、そこらの一般的な店では価格的な問題もあって行えない。

考えてみて欲しい。

 市井の店に数十万円ならともかく、その何倍何十倍もの価値があるものを 持ち込むような事を誰が考えるだろうか。

 普通に経営している店が金庫の中身を全て吐き出しても、それに値するだけの支払いが可能なはずがないのだ。

 自然、それらの取引を行おうとすれば、大規模な商店か国家といった、大資本を持つ組織に限られてくるだろう。

 そして、頻繁に高価、入手困難な品を持ち込んでくる者がいれば、目をつけられて行動に制限がつくことは明白だ。


「出来るだけ水面下で動いて、徐々に力をつける。おおっぴらに動くのは、舐められないだけの力を名実ともにつけてからの方が良いわ」

「んー、把握。直接戦闘ならまだしも、搦め手で来られると弱いしねー」


 故に呉羽は、シアが来るまではこの世界に馴染むことを優先し、先の接収にも応じたのである。

 メンバーがシア以外全員確認できたから、と言うのもあるが。


「まあ、対外的な方針はだいたい決まったし、みんな自重も出来てるみたいから、それほど心配はいらないと思うけれど、ね」

「自重、ねぇ」


 言葉を濁した熊子に、呉羽は「ああ」と思い至った。


「ああいう方面に関しては別に止めないわよ。この世界に根付くのなら、それはそれで良い事だと思うし」

「うーん、気持ちはウチもわからなくはないけどさ―」


 二人が語るのは、この世界に来て間もなく、この世界の女性と懇ろになったメンバーが早々に相手を孕ませてしまった件である。

 前世において女性と接点が無い彼女いない歴=年齢(喪男)で、貧乏な探偵業を営んでいたという彼の今世の名は、アイガイオン。

 元の職業柄、情報収集とそれらの取捨選択に優れた彼であったが、転生してイケメンと化しても行動様式に変化はなく、見た目以外はごくごく普通の生真面目さだけが取り柄のつまらない男だと自覚していたしメンバーからも同様に思われていたのだが、実際にはそれは大きな間違いであった。

 彼が捕まえた、と言うか捕まった相手は、ちょうど今彼ら転生者達が居るこの都市でそれなりに大きな宿を営んでいる家の一人娘で、名はジェシカ。

 才覚もあり、見目麗しく、人柄も良いと言う、SNEG?(それなんてエロゲ?)的な女性なのだが、そろそろ婿取りをと周囲に意識されていたところに現れたのが、彼であった。

 素性こそ怪しいが、粗暴ではなく人柄も良い上に見た目も良い。

 何より並の腕では狩る事どころか逃げきる事すら難しい魔獣の素材を、結構な頻度でこの街を訪れて売りさばいているとなれば、相当の腕っ節を誇るのであろうことは明白で、それに伴う稼ぎを考えれば近隣で彼女を結婚相手にと望んでいる相手よりもよほど有望である。

 何より他の男達ならば考えなければならない相手の実家とのしがらみや、それに伴う経営への口出しなどが無いのが更に高得点であった。

 まあそんな事情を抜きにしても、二人がお互いに恋焦がれる相手となるのに時間はかからなかったが。

 常宿として定期的に顔を出す、甲斐性のあるいい男。

 仕事で訪れる必要のある街で、いつも泊まる宿の気のいい看板娘。

 迫られた男が、コロッといってしまうのも、初めこそ軽い気持ちで声をかけた娘が、見た目は良いのにそれを鼻にかけない、むしろ女性との付き合い自体に初な反応を見せる男に情を深めるのにも、然程時間がかからなかったのは、当然の帰結と言えよう。


「まあそのおかげで宿の確保も楽だったんだから、結果オーライじゃない」

「まーね」


 いま現在彼らが借り上げている旅館というのが、その彼が婿入りした宿であるのだ。

 事の次第を説明した際に、アイガイオンとジェシカの夫婦は即座に快諾し、旅館の一棟を丸ごと貸切にしたのである。

 新年を間近にした寒さが厳しくなるこの時期、近郊の町や村からこの都市に訪れる者が多くなる。

 毎年、この都市にある神殿が催す新年祭がその目的であるのだが、今年はそれに加えて五年に一度の節目で、大神祭と呼ばれる行事が行われるために、より一層の人出が見込まれるのである。

 例年通りでも年末年始は宿代を割増にしても客が溢れるほどであるのだが、今年は更に多くの人が宿泊を希望するであろうことは明白で、まさしくかきいれ時のはずなのだ。

 しかし彼は笑いながらこう言った。「いやだなあ、仲間なんだから困ったときは助けて当然じゃないですか」と。

 それに、と続けて彼を婿に迎えたジェシカが微笑みながら口にした言葉に、一同は苦笑しつつ納得した。

 「赤ん坊抱いて沢山のお客様をお世話させていただくのは、正直大変だと思いますし」

 そう言いながら穏やかな顔つきで、胸に抱いた赤ん坊をあやすジェシカに苦笑交じりに頷いた記憶を思い返し、熊子と呉羽の二人は賑やかな周囲の雰囲気にしばらく身を委ねた。


「えっと、角ねーちん?どうする?」

「あら、熊子も気がついた?」


すたすたと歩みを進めている二人は、人ごみの中に見え隠れする、自分たちに付きまとう者の存在を感知していた。


「んー、あれかね。素材売った帰りの売上狙い的な?」

「でしょうねえ。他に心当たりはないもの」


幾度か気まぐれに通りを曲がり、人通りの少ない裏路地へ入って、それは確実な物となった。


「ははっ、自分から人目の無いところへ行ってくれるとはなぁ」

「手間が省けたぜ。さてお嬢ちゃんたち、店で受け取った金をこちらに渡しな。そしたら命だけは見逃してやってもいいぜ」


下卑た笑みを浮かべた男たちは、二人の背後に姿を現すと、そう言って懐から鈍い輝きを放つ短剣(ダガー)を見せつけるように取り出した。


「金と身体は存分に使わせてもらうがなぁ」


更にそう言って笑う輩に、二人は嘆息して相手に聞こえるように、こう告げた。


「どうする?角ねーちん。馬鹿が馬鹿言ってるけど」

「馬鹿につける薬はないし、どうしようもないわ」


やれやれといった雰囲気をまとい、怯える素振りさえ見せない二人に、男たちの一人が殊更に大声を張り上げて短剣を振り上げた。


「舐めてんじゃねえぞゴラア!」


振り上げられた短剣が、呉羽の頬を掠め、その頬に掛かる髪の一筋をはらりと切り落とした。

身動き一つせずにその一連の行動をスルーした呉羽に対し、男たちは虚勢を張っているだけで身動き一つ出来ずに内心恐怖しているのだと考えた。


「刃こぼれ無し、さすがアマクニのじーちゃん謹製」


が、それもつかの間。

 いつの間にか腰の短剣を抜いていた熊子が、抜き身の刀身をマジマジと見つめているのに気づくまでであった。

抵抗する気か、と口にする前に、先程短剣を振りぬいた男が呻きを上げて蹲ったのだ。


「手が、俺の手がぁああああ」


見れば、その男の手首から先が、綺麗に消失していた。

いったい何が、と困惑した男たちが視線を動かした先では、短剣を握ったままの手首を弄ぶ、呉羽の姿があった。


「て、てめえら、いったい…」

「手を出したのはそちらが先、私どもはただ単に身を守るために戦うのみ」

「あー、うん。命だけは見逃してやるよ?ウチらの事知ってもらわないとだし。アレだ『伊達にして返す』ってやつ」


冷たい笑みを浮かべ、視線を伏せた呉羽に、小剣を弄ぶようにして振り回す熊子。

対照的な二人の行動に、周りの男どもはゴクリとつばを飲み込むが、彼我の戦力差と二人の持つ大金とを思い浮かべ、してはならない決断をしてしまった。


「おい、やるぞ」


その言葉に、周囲の男どもはそれまでのニヤけた表情を改め、各々武器を取り出し身構えた。

一触即発とも言うべき状況で、呉羽はにこりと口角を上げて微笑み、こう告げた。


「では始めましょうか、熊子。このならず者達に冒険者の戦い方を教育してあげましょう」


そのしばらく後、「汗もかかなかったじぇ」と笑いながら裏路地から姿を見せた少女と、それを微笑ましげに見つめる魔人女性の姿があったという。

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