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転生の五 無い無い尽くしの世の中よ

「悪い知らせだ」


翼人の男が、神妙な顔つきで口を開いた。

ギルドハウス(仮)(掘っ立て小屋)に帰還して早々、出かけていて居ないものは別にして、全員を呼び付けた翼人男性。

名をリヒターといい、波打つような豪奢な金髪と、ギリシャ彫刻を思わせる肉体美を誇る偉丈夫である。

なんだ、どうしたと口々に言う面々を前にして、リヒターは「静粛に!」と一堂に会した者達に注目を促し、告げた。


「我々移動に長けた翼人や飛行魔獣使いらは、総力を挙げて探索を続けて来た!しかしながら、最早こう結論づけねばならなければならない。まことに遺憾だが…」


リヒターの言葉に、皆がざわりと呻きのような声をあげた。

まさか、いや、そんな、と。


「このエウローペー亜大陸には…」


勿体ぶるかのように言葉を途切れさせたのは、声にする事に強い意思が必要だったからか。

皆が皆、ごくりと唾を飲み込む音すら聞こえる静寂の中で耳を澄ませ、続きを待った。









「…トマトは無い」








次の瞬間、うわああああ…と。

悲観に満ちた怨嗟の声が、辺りに満ちた。


「サツマイモやジャガイモ的な作物は有るくせに、何で肝心のトマトが無いんだー!」

「南米的な地域は無いんか!!?有るなら取りにいくぞ!!」


などと、かなり凹んでいるようであった。




そんなメンバーを遠目に見据えながら、ギルド幹部連中はさてどうしたものかと頭を悩ます呉羽と、ほっとけと言って作業に戻るアマクニやカレアシン、そして、休憩がてらの話のネタにと見物しているヘスペリスと熊子がいた。


「たかがトマトケチャップの材料が入手出来ない位で大騒ぎ、情けないです」

「黒ねーちんはマヨラーだからそんな事が言えるんよ」


嘆き悲しむギルメンを眺めつつ、ギルドハウス(仮)の周辺を耕作し収穫した野菜を茹でただけの物に、黄色い万能調味料と彼女ら(マヨラー)が自負する半固体状ドレッシングをたっぷり付けて口にしながら苦言を呈するヘスペリスであるが、どちらかと言えば擁護派の(くま)子はそんな彼女を嗜めた。

因みにへスペリスをはじめとしたマヨネーズ愛好家は、早々に食用に適した油、酢、卵に各種香辛料等を確保、マヨネーズの生産を可能にしていた。

後々ギルド支部等で販売され、結構な人気商品となるのだがそれはまだ先の話である。


「…醤油も味噌も、まだ試行錯誤の最中だけど、足がかり自体は出来てるからねぇ。爺さん達のおかげだけど」

「ええ、他の調味料も、ほぼ似たような物は見つかってます。マヨは有りませんでしたが、基本的に材料自体は在り来たりな物ですから再現楽勝でした。これでタルタルソースも大丈夫です」


しかしながら、原材料の主原料とも言うべき物自体が無いとなると、再現は難しい。

悩む呉羽に気楽なヘスペリスと言う、若干見慣れぬ二人の構図が出来上がったが、そこに苦もなく侵入して来る者がいた。


「ほんと、こまったわねぇ。一応、トマトケチャップの前段階的なのはあったけど、まるで別物だしねぇ」


ほわん、とした雰囲気でちっとも困ったようには見えない水棲人女性が、溜め息まじりに会話に混じってきたのだ。


「あらツィナー、お疲れ様。悪いわね、料理任せっきりで」


今ヘスペリスが食べている茹で野菜もマヨネーズも、彼女の手による物であった。


「良いのよぉ。呉羽みたいに皆を先導して行動、とか私には無理だし。分担分担」


どうやら食事の下準備を終えて休憩に出て来たようである。

水棲人の彼女は、ツィナー・ジャコビニと言う名で、薄い水色の長い髪に優しげな笑みを常に浮かべたほんわかお姉さんである。

肉体的にもほんわかしており、一部ギルメンに眼のやり所に困ると言われる程のむちむちさ加減であった。

そのくせデブには見えず、ある意味男性が求める理想の体型とも言える。

しかも、水棲人特有の癖と言うか本能と言うべきか。


「どうでも良いですが服を来て下さい、みっともないです」


ヘスペリスが思わず突っ込みをいれてしまうほどに、衣服を身に着ける事が、苦手なのである。

元々水中生活を行う者達だけに、基本的に出来るだけ身につける物は少ない方が良いという種族的な嗜みを持っている。

それは転生して来た者にも有効なようで、前世においては普通に服を来ていたと言う話なのだが、この世界に生きる水棲人となった現在、ツィナー女史は何かに付けて上着を脱いでブラ一枚になってしまうのである。


「あらぁ。またいつの間にか脱いじゃってたわ。ホント困るわねぇ」


幸いギルメンにそう言った刺激(眼の毒)を受けたからと襲いかかるような事をする者はいないが、流石に町や村に入った際につい脱いでしまいました、では襲って下さいと言うようなものだろう。

まあ、余程の事が無い限り、撃退出来るとは思うが。


「まあ、素っ裸になってないから許容範囲と言う事にしておきましょう。で、ツィナー?相談なんだけど」


咽び泣くギルメンをどう処理してやろうかと手を拱いていた呉羽は、前世において料理人だった彼女に少々期待して質問をした。


「はい?今なんと?」


聞こえなかったのか、呉羽の質問を聞き返してくるツィナーに、呉羽もう一度同じ事を伝えた。


「トマト無しでトマトケチャップ風の調味料って…」

「出来ません」


改めて問いかけた呉羽の言葉を遮るように、ツィナーは端的に答えを告げた。


「へ、いやそこを何とか」

「出来ません」


食い下がろうとする呉羽に、即答で断ち切るように答えるツィナーの姿に、見た目の雰囲気云々は別にして、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


「代用食品と言うのを否定する気は有りませんが、無理な物は無理です。と言うか、違う材料で作ったら、それは別のケチャップです。実際、キノコのケチャップやバナナで作ったバナナケチャップとか、グアバで作ったグアバケチャップとか有りましたし。トマト以外で何か適当な果実でも探して来て適当に試してみれば良いんじゃないかしらぁ?」


そもそもケチャップと言う物はですねぇ、と料理談義が始まった所で、熊子とヘスペリスはその場から逃げ出した。


「皆、食い道楽にもほどが有ります」

「いや、まあしょうがないんじゃね?未だにねーちん来ねーし、流浪の民あつかいだから下手すりゃ迫害対象だしー。自分らでどうにか出来る部分で何とか楽しめるのって食う事ぐらいじゃん」


てこてこと歩きながら、二人は未だに騒ぐギルメンを遠巻きにしていた。


「…この辺りは、痩せた土地が多いですね」


ぐるりと見渡すヘスペリスに、熊子は頷きながら横を歩く彼女を見上げる。


「痩せた土地だから、ウチらが勝手に住み着いても何処からも文句来ないんじゃね?」


そう、転生してこの世界に降り立った彼等が最初に立った地。

ここは酷く土地が痩せており、およそ耕作に適しているとは言い難かった。

それを、前世に農業を営んでいたカレアシンの指導により、何とかそれなりの物を収穫出来るようになったのである。

とはいえ、それで彼等の食を全てまかなえる程の量ではない。

あくまでも、カレアシンが身につけていた農法だの農地改良の知識が実際に使えるのかを試しただけの話だ。

大きな農地にそれが当てはまるかどうかはこれまた実際にやってみなければ判らない。

しかし、向こうの世界の知識が問題なくこの世界の法則にも当てはまると言う事は確認が出来たと言う事である。

当初は「土壌菌とか、この世界にもいるのか?」と言った疑問すらあったのだから。

幸い土の中にはミミズが居たり、昆虫や微生物などはあまり変わりがないようであった。


「まあ、小屋を建てて住み着いてる事自体は、近場の村の方々はみんなご存知ですから、何か支障があるようなら注意ぐらいはして下さるでしょうけれど」

「今んとこ、ウチは聞いた事無いけど。精々魔獣に気をつけな、って言われた程度?」


襲われたけれど、逆に撃退どころか屠って皆が美味しくいただきました、って言ったら驚いてたしー、と言って笑う。

ヘスペリスもその魔獣退治には参加していた口なので、何も言う事は無いが。

定期的に襲って来るので、今では良い飯の種となっている。

魔獣は、この世界において通常の動物が魔に触れて変化したモノである。

同じ動物が母体だからといって、同じ魔獣になるとは限らない。

魔に触れた強さや長さによって、様々な姿へと変化するからだ。

しかし、人が住む地に近いこの辺りでは、さほど強い魔獣が現れる事は無い。

そのせいか、魔獣を倒した際にその体内から得られる魔晶結石と言う物が有るのだが、この近郊で狩られた魔獣からは、粗悪な上に小さな物しかえられず、スキルにより精製しても、芥子粒程の物しか得られなかった。

ただのご飯扱いになるのも仕方が無いと言える。

なお魔晶結石は、魔法を使用する際の『魔法の杖』に、加工された後、利用される。

杖に取り付けられる魔宝玉に加工されるのだが、これが無ければ基本的に人類には魔法———いわゆる詠唱魔法———が使えない。

これはこの世界における詠唱魔法の仕様とも言うべきなのだが、魔獣や幻獣と呼ばれる魔晶結石を体内に持つ者達は、身体に帯びた魔力を魔晶結石に集め、魔法を発動させる。

これにより、通常の生物には成し得ない、口腔からの火炎放射や角からの雷撃、体重や筋力に沿わない異常な速度や機敏な動き、航空力学を無視した極小サイズの翼での飛行などを行うのだ。

生体魔法炉とも言うべき魔力の大放出が可能な幻獣などでは、人類の放つ詠唱魔法を越えた威力を持つモノも多く存在する。

が、体内に魔晶結石を持たない人類にとって、魔法を使用する際には魔晶結石の代わりとなる物が必要となる。

ただ魔力を放出するだけでは、ガスライターのように小さな炎を生み出す程度しか魔法を生み出せない。

故に、各魔法の必要量の魔力濃度、魔力量に達するまで溜める為の、魔晶結石の代替器官とも言うべき魔法の杖が必要となって来るのだ。

が———。


「魔法が使えたら、空飛んだり転移魔法でひょい、って感じでトマトくらい取りにいけるかもなのにねぇ」

「ええ、そうですね」


ギルドハウス(仮)では、アマクニ辺りが魔晶結石を精製して魔宝玉を作り出そうと意気込んでいるようである。

小さくて粗悪なら、より大量に、更に精製を繰り返せば!と。


「みんなが幸せに過ごせる日が、早く来れば良いですね」


そう呟くヘスペリスの頭上を、この辺りを数年周期で訪れるワイバーンの群れが飛び過ぎるのは、もう数刻先の事であった。

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