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転生の拾参 北海道じゃエゾジカが増えすぎてるそうですね

エウローペー亜大陸の西部に位置するゴール王国。

その西南部にヴィーブルダンセ平原と呼ばれる、人を寄せ付けぬとされていた大地があった。

近隣でも有数の肥沃な平原は、幾度と無く開拓が行われてはいたのだが、数年おきに飛来する空飛ぶ魔獣、ワイバーンの群れ。彼らの繁殖のための餌場となっていた為に、そのたびに尽くが撤退の憂き目にあい、いつしか触れ得ざる地として忌避されることとなっていったのである。

その一角に住み着いたとある集団が、それらを一網打尽にするまでは。


そんな平穏を得るに至った平原の片隅に、一つの木造平屋建ての家屋があった。

太い柱と梁で組まれた総板葺き屋根のその建物には、不釣り合いなほどに高い物見櫓が寄り添うように建てられていた。


「ワイバーンってさ」

「はい?なんでしょう」


そんな物見櫓のてっぺんで、草原の旅人(ランダーズ)の熊子は傍らに立ち腕を組んで周囲に視線を向けている黒エルフ、ヘスペリスに問いかけた。

ギルドハウス(仮)の物見櫓には、今は彼女ら二人きりである。

通常であるならば周囲を見張るのは転生してくるであろう仲間たちを出来るだけ早く見つけ保護(確保)するためなのであるが、今日のところは話が違った。


「あいつら、食物連鎖の要だったんだね、ここいらの」

「そうですね、少々配慮が足りませんでした」


溜息とともに見渡す周囲には、広大な草原と、そこにやたらめったら顔……ではなく()を出している元の世界の兎に似た魔獣と、それを追い掛け回しては屠っている仲間たちの姿があった。


「まさかの大繁殖だよ。早くある程度数を減らさないと、平原が丸裸になっちゃう」

「彼らワイバーンが周期的にここを狩場にしていたので釣り合いがとれていたんでしょう。天敵が居なくなった繁殖力旺盛な草食動物は、自然破壊者と同義かもしれません」

「流石に見て見ぬふりはねー、って話だけど。まあそもそもウチラの生活に邪魔だしね」


一石二鳥?と言う熊子に、ヘスペリスは無表情に肯定した。


「少々可哀想な気もしますが、今更止められませんしね」

「まぁ?カレアシン(じーさん)の畑、荒らしちゃったらそりゃね」


この世界に転生してからこっち、色々と足りない物はあるにせよ、それなりの生活環境を整え始めている彼らにとって、カレアシンの耕す畑は新鮮な野菜を供給するという点において非常にありがたいものであったのだ。

近場の村や町でも手に入れることは出来るが、如何せんこの世界の農作物は彼らの口には合わない。

正直なところ、日本で食っていた数々の野菜、特に生食が可能なものは、この世界では壊滅的であった。

慣れ親しんだ種類の野菜がないことは覚悟していたが、口にして素直に美味いと思えるものが無いというのは正直困りものである。


「虫喰い多いからエグ味が凄いしねぇ」

「自家農薬という奴でしたか。植物が自身を守るために生成する、虫などが嫌う成分ですね」

「そうそう。かなーり調理に手間かけ無くちゃウチラの舌には合わないんよね、困ったことに」

「まあその辺りはツィナーの腕のおかげで美味しく頂けているわけですが」


元料理人の水棲人女性、ツィナーの調理技術のお陰でここギルドハウス(仮)においてはメンバー個人の好き嫌いはあっても味云々で食えないと言う苦労は比較的少ないものであった。

そして懇意になった近郊の農家に無理を言い、巨大な(グレート)ウサギの魔獣(“ありがと”ラビット)の肉や毛皮と引き換えにして分けてもらった野菜類の種子を、前世で農家であったカレアシンが丹精込めて育てていたのだが……。


「折角まともに食える野菜が手に入って喜んでたのに、ねぇ?」

「ええ、正しく食い物の恨みは恐ろしいと言う事です」


そう言いつつ、嘆息しながら肩をすくめる二人であった。



いくらなんでも流石に全滅させるというのは更なる悪影響を及ぼしそうだということで、「今回はこの辺にしといたる」というガラの悪い関西人のような……いやどちらかと言うと下手な関西芸能人のような言い草で撤収してきた一同である。


「そのうちあいつらを捕食できるレベルの肉食魔獣が、ここを縄張りにするとかでバランス取れるんじゃないかのう?」

「そうあって欲しいところだけれど。この見事な草原の景色を、私達が原因で損ねたりするのは気分が悪いわ」


夕日に染まる草原を風が渡り、まるでさざ波のような模様を描き、消えてゆく。

そんな景色を眺めながら、アマクニと呉羽の二人は、山と積まれたグレート“ありがと”ラビットの解体を行ないながら、周囲の面子にも作業を指示していた。

日が落ちきり、星が見え始めた頃、漸く一段落する事になる。


「呉羽さーん、処理の終わった枝肉まとめ終わりましたー」

「アマクニのとっつぁーん。剥いだ皮、内側の肉とか脂、全部こそぎ落として洗い終わったよー」

「よっしゃ、それじゃやるか」

「そうね、さっさと終わらせてしまいましょう」


ギルドメンバーからかけられた声に、二人はそれぞれの役割を果たすために動き出した。

ウサギ肉は、ギルドハウス(仮)の側に造られていた巨大ウサギの巣穴を利用した地下倉庫に整然と収められていた。

地面に盛り上がった土山から腰をかがめて斜めに下る斜路を進むと、その先は大きく広がる空間となっていて、壁や床は生産系のスキルによりタイル上に加工され、とても即興で作ったとは思えない仕上がりとなっており、呉羽は満足そうな顔で頷いた。


「水よ」


呉羽はおもむろにそう口にした。

すると彼女の魔力を乗せた“力ある言葉”に精霊が応え、整然とウサギ肉が並べられた地下倉庫にのみ濃密な霧が生まれた。


「風よ」


続く呉羽の言葉に、再び精霊が応え風が吹いた。

霧に包まれた倉庫の方から、外へとに向かって。


「はい、完了。ありがとね」


そう言ってパシンと手を打ち鳴らし、応えてくれた精霊に、魔力を乗せた言葉で感謝を伝える。


「うわあ、カッチカチやぞ」

「普通に氷の精霊呼ぶんじゃないんだ……。えっと、気化冷却?」


呉羽が行ったのは、精霊魔法ではあるが、通常の使用方法ではなかった。

凍らせるだけならば、氷の精霊と言うのが一応いるのだが、何分寒い地域に居る精霊なので、比較的温かいここで呼ぶには魔力の消費が著しく、効率が悪い。

なので比較的どこにでも存在する水の精霊と風の精霊にお願いして地下倉庫を霧で満たし、風の精霊により倉庫内の空気だけ(・・・・)を全て外へと運び去ってもらったのである。


「蒸発潜熱を利用して凍らせたか。やりおるわい」

「魔力使うのって結構疲れるんだもの。工夫は大事でしょ?」


後ろで見ていたアマクニが感心して呟いたのを聞きとがめたのか、呉羽はそちらを見ずに首を傾げ、自分の肩をポンポンと叩き、魔力運用の苦労を忍ばせていた。


「さて、ワシも気張らんとな。おーい、頼んどいた奴はどうなっとる?」


呉羽の仕事を見終え、アマクニは自身の仕事に向き直った。

こちらはコレまた大量の巨大ウサギの生皮である。

肉から剥ぎ取ったあと、手隙の者全員で皮の下処理をして貰っていたのだが、流石に呉羽のように纏めて一気にハイ出来上がり、とはいかない。

皮なめしのスキルもあるにはあるが、全てをそのスキルだけで処理するには現状のスタミナでは、数が数だけに回復を挟みつつ行なっても数日掛かる。

その間放置していては間違い無く痛むのは明白で、ソレはアマクニにとっても狩ったメンバーに取っても本意ではなかった。もったいないオバケのCMを見て育った面子も多いことから「スタッフが美味しくいただきました」が基本精神であるのだ。


「はーい、できてますけどー?こんなのどうするんですか?」


アマクニの呼びかけに応えたのは大きな寸胴鍋を両手に抱えたツィナーであった。

彼女が持つ鍋には、何やらドロリとした液体が入れられており、お世辞にも美味しそうとはいえない物であった。彼女の手から寸胴鍋を受け取ったアマクニは、ウムウムと頷きおもむろにその鍋の中身を手ですくい取り、うさぎの毛皮の内側に塗りこみ始めたのだ。


「ほれ、お主らも突っ立っとらんで手伝わんか」


何やら得体のしれない液体をベチャベチャと皮の内側に塗りこんでいるアマクニを呆気にとられてみていた他の面々は、その言葉に我に返ると慌てて同じ作業に取り掛かろうとして、躊躇した。


「あの、アマクニのとっつぁん?」

「なんじゃ」

「これ何すか?」


そう尋ねた先には、ドロリとした液体。

料理人であるツィナーが持ってきたにも関わらず、口にしたいとは思わない正体不明のブツだ。

尋ねられたアマクニは、一瞬言いよどんだ。

そういえば説明していなかったなと思い、そして果たして直球で説明して大丈夫じゃろうかと、逡巡したためだ。

だがそんなアマクニの気遣いはツィナーの一言で無に帰してしまった。


「ああ、私も知りたかったのよねー。ウサギの脳みそをすりつぶして温めておいてくれ、なんて言うから何するのかしらって不思議に思っていたのよ―」


その一言でビシリ、とアマクニの手伝いをしていた連中が固まった。

流石にそんなブツが入っているとは夢にも思っていなかったからだ。

一体どういうことなのかとアマクニを問い詰めようとしたが……。


「ああ、コイツはぶれいんたんにんぐっちゅう鞣しの手法での。こう皮に染み込ませてだな」

「へぇ〜、そんな風に鞣すんですねぇ」


問われれば嬉々として解説してしまう、そんなアマクニの職人魂が発露してしまっていた。

こうなってはひと通りの説明を終えるまでは止まらないと諦め顔の皮なめし手伝い部隊は、興味深げに話を聞くツィナーと、解説しつつ皮に温かい脳みそのペーストを塗りたくっているアマクニを見つめながら、諦め顔で寸胴の中身に手を突っ込むのであっった。




「はて、どうして皮も一緒に冷凍しなかったのでしょうね」

「黒ねーちん、ソレはお約束っちゅーやつよ?」

物見櫓の上で、今日当番でよかったなーと胸を撫で下ろす熊子とヘスペリスの二人であった。

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